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【無料】 「マーガレット」とアイドルの50年(下)――「花より男子」の成功とアジア市場の未来

西森路代 フリーライター

 創刊50周年を迎えた集英社の少女漫画雑誌「マーガレット」「別冊マーガレット」とアイドルとの関わりについては、「『マーガレット』とアイドルの50年(上)――藤井フミヤから木村拓哉、福山雅治まで」で触れてきた。

 1980年代には、アイドルを男性主人公のモデルにしてきた「マーガレット」が、90年代にはドラマ化や映画化を通じて、アイドルと融合していったところまでを前回は書いた。そして、その後の2000年代にやってきたのは、「マーガレット」や少女漫画がアイドルを生み出す段階である。

 今回は、それに加え、2000年代に「マーガレット」と少女漫画がどのようにアジアに進出してきたかということと、これから、日本のコンテンツがアジアでどのように受け入れられていくのかということにまで広げて考えてみたい。

 前回も言及した、「イタズラなKiss」と「花より男子」は、90年代に連載され、それぞれ、入江直樹は福山雅治、道明寺司はクリスチャン・スレーターというモデルが存在していた。しかし、80年代のように、漫画家がアイドルやアーティストの熱烈なファンで、キャラクターに好きな人物を投影しながら描くということではなくなり、あくまでもモデルはイマジネーションをくれる存在になった。

 入江直樹と道明寺司は、特別な誰かを思い起こさせるキャラクターではないため、そのイメージに合う人ならば、誰でも演じることが可能だ。また、舞台も芸能界などではなく、普通のどこにでもある町の高校などが選ばれるようになっため、日本だけでなく、アジアの別の地域でも、イメージさえあえば、誰でも主人公を演じてドラマ化することは可能になった。

 そこで2000年代初頭に製作されたドラマが、台湾版「花より男子」である「流星花園~花より男子~」だ。この作品は、台湾で主にバラエティ番組の製作をしていた女性プロデューサーのアンジー・チャイが、初めて制作したドラマだった。

 アンジー・チャイは、当時、バラエティ番組の経験しかなかったため、脚本を一から作ることに戸惑っていた。

 そんなときに読んだ漫画に可能性を感じて、「花より男子」がドラマ化されることになったという。

「流星花園~花より男子~」に出演した台湾のグループ「F4」=2007年

 この作品は、放送されると台湾で大ヒットを記録し、その後、日本を含め、世界13カ国に輸出され、劇中に出てくるイケメン4人組の「F4」は、ドラマを抜け出して実際にアイドル活動を開始することになり、ワールドツアーも行っている。

 いまでこそ、各国のドラマが国境を越えて人気になり、ファンミーティングを開いたりすることは少なくないが、当時は異例のことだった。

 このドラマを作るにあたって、アンジー・チャイが一番こだわったのは、やはりイケメングループ「F4」のメンバーの選出である。

 アンジー・チャイは、花沢類役のヴィック・チョウを見たときに、「まるで花沢類が漫画から抜け出てきたのかと思った」という。そして、キャラクターに似ているということで、ほぼ新人同然の4人がキャスティングされた。

 演技経験もほとんどないような新人ばかりを起用しても、このドラマが成功したのは、ひとつには、もともと若い世代に人気で、共感を得ている少女漫画を起用したこと。そして、もうひとつは、原作のイメージを壊さないキャスティングができたことにあるだろう。

 また、バラエティ出身プロデューサーの初めてのドラマということで、良い意味で大きな期待がかけられておらず、キャスティングに芸能界特有のしがらみがなかったことがおおいに関係があると思われる。

 外野からの口出しがないぶん、アンジー・チャイは、本当に原作のキャラクターに近い男の子たちを、似ているという理由だけで探し出すことに専念できた。昨今、メディアミックスによって原作ものを製作するときに原作の良さを殺してしまう「原作レイプ」とは無縁の状態でドラマを作ることができたのだ。

 こうして、「マーガレット」の漫画のキャラクターの魅力を利用して、本当のアイドルが生まれるという、少女漫画の物語のような出来事が2000年初頭に起こったのだった。

 アンジー・チャイは、「花より男子」の成功後も、日本のコミックを原作にしたドラマを次々に送り出し、こうしたジャンルは「偶像劇」と呼ばれるようになった。また、アンジー・チャイの作ったムーブメントに触発され、ほかの製作会社も次々に漫画原作を生み出していくのだ。

 「MARS」「山田太郎ものがたり」「ピーチガール」「ママレード・ボーイ」「恋のめまい愛の傷」「部屋においでよ」「朝倉くんちょっと」「おいしい関係」「桃花タイフーン」「薔薇のために」「ツルモク独身寮」「悪魔で候」「東京ジュリエット」「花ざかりの君たちへ」「ぴー夏がいっぱい」「ろまんす五弾活用」「ぱふぇちっく!」「イタズラなKiss」「ハヤテのごとく」「スキップ・ビート」「絶対彼氏」などなどだ。

 この中には、「マーガレット」以外の作品も多いが、アンジー・チャイの手掛けた「花より男子」の成功がなければ、これだけの漫画がドラマ化されることはなかっただろう。

 しかし、残念ながら、台湾では、現在の「偶像劇」は、漫画原作ものよりも、オリジナル作品のほうが多くなってきているのが現状だ。今後は、少女漫画とアジアの関係はどうなっていくのだろう。

 まず、台湾で日本の少女漫画原作の作品が減ってきたのは、台湾と日本の時間軸が少しずれているということがあるかもしれない。というのも、台湾でドラマ化された少女漫画は、ほとんどが日本で80年代、90年代に連載されているものばかりである。これは、80年代、90年代の時間軸で描かれたものが台湾に受け入れられやすいということが考えられるだろう。

 台湾にしても、韓国にしても、日本と同じような時間軸で文化が育っているのかと思いきや、実は似ているところもあれば、違うところもある。例えば、カフェブーム、ワインブームなどは、日本では10年以上前に来ていたが、韓国ではつい最近、聞かれるようになった。

 だとすると、各地域の求める時代性というのも、それぞれである。

 例えば、日本の昨今の漫画やドラマに流れる、自意識やスクールカーストには、ソウルや台北の若者は、まだついてこられないだろう。

 自意識とは、人にどう見られるかが価値判断の中心となり、ナルシシズムの強い行動などに対して、自らが「つっこみ」を入れてしまうことだと解釈しているが、ソウルや台北の若者には、まだこうした「つっこみ」は広く普及していないと思われる。また、スクールカーストに関しても、学力の差や、目立つ子とそうでない子の差はあるかもしれないが、それを自覚的に把握して、物語にしているものは、まだ見ない。

 ところが、「マーガレット」でも、こうしたスクールカーストや、自意識のようなものを扱った作品は多い。

 もちろん、日本独自の自意識や中二病的な世界を描いた「モテキ」や「最高の離婚」のような作品に対して、一部の先進的な都会の若者は動画をいち早く見て評価をしているという話も聞くが、こういった日本独自の社会的な現象をアジアのほかの地域が、自国のコンテンツとして製作するのは、数年後と考えたほうがいだろう。

 かと言って、日本特有の社会現象を作品に込めないで、アジアで普遍的なものを作ればいというものではない。日本のマーケットが認めたものは、時代性、文化性が他の地域でも共有できたときには、受け入れられる可能性の方が高い。

 そして、そこには、アジアの若者たちの「自意識」の高まりが深く関係してくるような気がするのである。