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サザンって、「国民的」なバンドだったの? 

近藤康太郎 朝日新聞諫早支局長

 えっと、最初に断っておくけど、わざと世の中をハスに見ているわけではなく、これでもファンの端くれなんだから、サザンオールスターズが復活するのはうれしいのだ。桑田さんはまぎれもない天才ミュージシャン。病気を克服して大観衆の前に戻ってくる姿は、人間としても尊敬する。

 だけどなー。なんか、日の丸の小旗振って、祝賀行事みたいになってない? その辺の雑誌・新聞を少し拾い読みしただけでも、「サザン復活は国民的慶事」であり、「サザンはメンバーだけでなく、国民みんなのバンド」であり、再登場サザンは「最後の国民歌謡」であり……。「みなさん、整然とォ、熱狂的にィ、喜びましょう。ファンのみなさんは、バンドのォ、6番目のメンバーです」ってか。DJポリスじゃねえっての。

 あんま、国民国民言うなって思ってしまう。サザンって、「国民的」なバンドなの? 「国土を祝福する歌」を歌ってきたの? まあ、そうかもしれないけど、わたしは知らんかった。そういうふうに、聴いてこなかった。

 むしろ、「国」を含めた、あらゆる所属団体に居心地の悪さを感じていて、どんなおしゃれな恋を歌っていても、その「はずれ感」がにじみ出てきてしまう。そこが好きで、聴いていたように思い出す。

 よくいわれることだが、デビュー曲の「勝手にシンドバッド」は、ロックでもなければ歌謡曲でもないフォーマットを探し、探しあぐね、桑田が勝手に作っちゃった、「サザン」というジャンルだった。そこでは、日本語も、でたらめな英語も、拍の上には乗らず、溶解した。そこにしびれた。

 湘南出身で、青山学院なんてクリスタルにおっしゃれーな大学行っちゃって、歌の才能があって。サザンが、きらびやかであることは、間違いない。

 だけど、 ・・・続きを読む
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筆者

近藤康太郎

近藤康太郎(こんどう・こうたろう) 朝日新聞諫早支局長

1963年、東京・渋谷生まれ。「アエラ」編集部、外報部、ニューヨーク支局、文化くらし報道部などを経て現在、長崎・諫早支局長。著書に『おいしい資本主義』(河出書房新社)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)、『「あらすじ」だけで人生の意味が全部分かる世界の古典13』(講談社+α新書)、『リアルロック――日本語ROCK小事典』(三一書房)、『朝日新聞記者が書いた「アメリカ人が知らないアメリカ」』(講談社+α文庫)、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』(講談社+α新書)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』(講談社+α新書」、『アメリカが知らないアメリカ――世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、編著に『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)がある。共著に『追跡リクルート疑惑――スクープ取材に燃えた121日』(朝日新聞社)、「日本ロック&フォークアルバム大全1968―1979」(音楽之友社)など。趣味、銭湯。短気。

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