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みんなが口を開けば「半沢直樹」だよ。何だよ、それ

矢部万紀子 コラムニスト

そんなに土下座、好きですか?

 「続きはウェブで」ならぬ「続きは映画で」と言わんばかりの最終回を「ミタ超え」で飾った「半沢直樹」。ミタならぬ三田の総本山・福沢諭吉の子孫だというTBSディレクター氏が、数々のインタビューで「続編は映画で」と言っていたからそうなのだと了解している次第だが、それはいいのだけど、うーん、サラリーマンのみなさま、そんなに土下座、好きですか?

 「やられたら、やり返す。倍返し、10倍返しだ」と啖呵を切る半沢直樹が、日本中のサラリーマンにカタルシスを与えていたことは驚異の高視聴率のみならず、サラリーマン系週刊誌を中心とした雑誌のはしゃいだ特集でも顕著だったのだが、最後は飲み屋での会話における「半沢が」の出現率の高さで日々、実感していた。

「半沢直樹」最終回から=TBS提供 拡大「半沢直樹」最終回から=TBS提供
 最終回直前のある日、行きつけの小さな飲み屋に行ったときなど、隣に座ったサラリーマン3人(推定30~40代前半=半沢直樹氏とほぼ同世代)が口々に語っていたのが、「半沢直樹」のおもしろさを超えて、原作者である池井戸潤作品のステキさだった。いわく、「『空飛ぶタイヤ』も好き」「『下町ロケット』もすごくいい」……。

 「半沢直樹」は後半の東京本店編から見て、まあ、「勧善懲悪ドラマとして楽しめますので、よろしいと思います」な感じでいたのだけど、この飲み屋以後、私の中で何かのスイッチが入った。

 そう、「半沢、ちょっとイヤ」スイッチ。「っていうか、トホホ」スイッチ。

 スイッチの引き金は、この飲み屋の帰り道に突如として思い出した劇作家のつかこうへい氏のある言葉。聞いたのは、1980年代の最終盤だった。

 まだ山一證券がこの世にあり、長期信用銀行もあった。そう「半沢直樹」の原作『オレたちバブル入行組』で半沢やら渡真利やらが内定拘束を受けていた頃、私はつか氏にインタビューしたのだ。直木賞をもらい作家に専念しようと思ったが、自分は小説書くのうまくないんだ、といった話の後、彼はこう言った。

 「土建屋も政治家もみんなが口を開けば、愛読書は『坂の上の雲』だよ。何だよ、それ。読んだよ。わかんねーよ」

 つか氏が存命だったら、こう言ったのではないか。「みんなが口を開けば『半沢直樹』だよ。何だよ、それ」

 そこで、つか氏になりかわって読んでみた、3連休を使い、飲み屋で話題の『空飛ぶタイヤ』(上下)『下町ロケット』と『オレたちバブル入行組』を。初めての池井戸作品。

 と、ここで突然、フェイスブックというものの話をするのだけど、熱心に書いている人の内容を私の「友達」ベースで分類すると、(1)食べたもの報告(2)感動報告(3)お仕事報告(達成、または不満)だと思う。(3)のお仕事報告の場合、給料を得る仕事のみでなく、ジョギングなどトレーニング系が入るのも特徴。そして(2)の感動報告に割と多いのが、「読了報告」。「映画を見た」より「本を読んだ」が多い。

 この読了報告は作家名、タイトル、ひと言コメントと相場が決まっている。そして、ここで「池井戸潤の●●読了」の出現率が高いことに、実は昨年あたりから気づいていた私だったのだ。そしてひと言コメントは大抵、「爽やかな読後感」であり、書いている人はMBAという横文字な学位を国内で取っている的な人だなあ、とも思っていた。

 まじめで努力家、上昇志向もあるけれど決して超エリートではなく、日本をグローバルな視点でとらえているみたいな人々。そういう先入観バリバリで、池井戸作品を読んだ私。

 大変よく出来ていた。最後に主人公が勝つとわかって読んでも、悪者がいやったらしく主人公を窮地に追いやり、そうかと思うと助ける者が出てきて、でも思わぬところで足をすくわれ……どんどん読める。これが読む側に、小さな達成感もくれる。

 主人公が対決する相手は「会社組織」、または「会社の理不尽」だ。三菱銀行出身の池井戸さんだから、財閥系が得意だ。『空飛ぶタイヤ』はホープグループが出てくる。「ホープ的中華思想というか、“ホープにあらずば人にあらず”といって憚らない傲岸不遜の資本集団」なんて書いてあり、ホープならぬダイヤモンドグループの鼻持ちならなさを読者はしっかり感じる。

 同時にダメっぷりも書き込まれているから、溜飲が下がる。だから「大組織」で働いている人なら、自分の評価が不当なのはこのように会社がダメなせいだと読める。大組織を辞めた人間、大組織に苦しめられている人間には拍手喝采だ。最後は主人公の勝利が人情味たっぷりで描かれるから、どちらの人間にとっても読了報告は「爽やかな読後感」と相成る。

 池井戸氏はエンターテイナーであると同時に、車を書くなら車、ロケットを書くならロケットを実によく調べている。だから書店に「池井戸潤コーナー」が出来て当然だし、『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』と「半沢直樹」原作2冊が「累計230万部」になったのはもっと当然だ。「第二の東野圭吾」が出現したことは、長く出版業界で働いている一人として、素直に喜ぼうと思う。

 とはいうものの、この胸のモヤモヤ。何でしょう。「おのれ、半沢」って言葉が浮かんだぞ。でも、イヤなのは、半沢そのものじゃない。それを ・・・続きを読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。

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