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『機械との競争』を読んで考えた消費税増税と安倍首相の空疎な予言

福嶋聡 MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店

 10月1日、2020年東京オリンピック招致成功による祝賀ムードを利用し、株価の一時的な上昇を盾に、安倍晋三首相は2014年4月の消費税率8%を言明、更に、消費税が順調な景気回復に水を差すことがないよう、法人税の引き下げの意向を表明した。表面的に見れば、一般大衆から広く税を吸い上げ、資本家や企業に利する政策である。

 安倍首相は「そうではない」と強弁する。この政策は、1997年の消費税率アップの際に不況をもたらした橋本内閣の失敗に学び、消費税の経済への悪影響をできるだけ押さえるものだ。⇒経済が沈滞せず成長路線に乗れば、企業の財務体質が改善され、雇用や賃金アップの原資が確保され、失業者は職を得、労働者も潤う⇒そのことによって彼らの購買力が増し、さらなる経済成長のスパイラルが前進する、そして更に人々の懐も潤う、という推論である。

 だが、企業も労働者も潤うという、この都合のよい予想が実現するには、企業の財務体質が改善されれば、雇用が確保され、賃金がアップするという小前提が真でなければならない。残念ながら、今日、この小前提が真であるとは、決して言えない。

 今年2月に、『機械との競争』という本が、日経BP社から出た。二人の著者は、共にマサチューセッツ工科大学の研究チームに属する。MITのスタッフたちが、一見現代のラッダイト運動を思わせるタイトルのこの本を書いたことに、まず驚いた。先端技術産業の中核的な役割を果たし、情報技術関連の先端を行くMITのスタッフが、「コンピュータが人間の労働市場を大きく混乱させ、ただでさえ弱体化しているグローバル経済を一段と脆弱にしている」という見方に与しているからだ。

 今日では、GDPが回復しても雇用は回復しない。テクノロジーの等比級数的な発展により、雇用主は以前ほど労働者を必要としていないのだ。

 かつては、既存のルールをそのまま適用するような仕事=計算の実行が用意に自動化できる仕事はコンピュータが得意だが、パターン認識などのタスク=ルールから推測することがむずかしい、自動化できない仕事は人間に利があるとされた。

 しかし、テクノロジーの進歩は、その関係も覆す。市街地での車の運転などは人間の独擅場だったが、今や無人運転車が実現しつつある。現時点で人間がコンピュータにまさっているのは、じつは肉体労働の分野なのである。庭師やウエイターの仕事の方が、むしろまだ安泰なのだ。

 というわけで、ここ10年間需要が最も落ち込んでいるのは、スキル分布の中間層なのである。スキルと賃金の関係は、U字曲線を描く。端的に言って、中間層の労働者はテクノロジーとの競争に負けつつあるのだ。その結果、国民一人当たりのGDPが堅調に増えているにもかかわらず、世帯所得の中間値は減少している。明らかに所得が労働者から資本家へ移転しているのだ。

 しかし、それは所得の分配の問題であって、経済全体はテクノロジーの発展によって堅調に伸びており、これからも伸び続けるのではないのか? テクノロジーはやはり人類全体に恵みを与えているのではないか?

 そうではない。資本家は労働者よりも、所得を貯蓄に回す傾向がある。よって労働者から資本家への所得移転は総消費を減らし、やがてGDPをも収縮させていく。

 では、どうすればいいのか?

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