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AKB48襲撃事件における「無敵の人」の間接自殺

松谷創一郎 ライター、リサーチャー

対人関係が苦手な若者の「間接自殺」

 AKB48のメンバーふたりが岩手・滝沢市の握手会で襲撃された事件だが、当初からその騒がれ方には違和感を覚えている。週刊誌はここぞとばかりにAKB48をバッシングし、対してアイドルの専門家たちはそれに反論したり、過去の事件を参照して今回の一件が特別なことではないと論ずる。それらのなかには耳を傾けるべきものもあるが、しかし、そもそもこの事件はアイドルの握手会だから起きたことなのだろうか。

 「人が集まるところで人を殺そうと思った」「AKB48のメンバーなら、だれでもよかった」「ファンではない」

容疑者宅の捜索を終え、車に乗り込む岩手県警の捜査員たち=28日午後2時45分、青森県十和田拡大容疑者宅の捜索を終え、車に乗り込む岩手県警の捜査員たち=2014年5月28日、青森県十和田市
 そう供述する24歳の容疑者とアイドルを結ぶ線は極めて薄い。注視すべきは、彼の境遇だろう。

 入学した高校を中退し、転入した通信制高校を卒業。その後、青森や大阪で、非正規雇用のまま職を転々としている。取材を受けた家族によると、友達はおらず、ふだんは自室でパソコンに向かっている時間が長かったという。

 知人や出身校の中学校教諭は「おとなしくて無口」、家族は「人見知り」だと彼を評する。

 こうした経歴から見えてくるのは、きわめてコミュニケーションが不得手な人物像である。そんな彼が、事件の前日に青森県十和田市の自宅を出て、翌日、100キロ以上も離れた岩手県滝沢市であの凶行に及んでしまった。

 さまざまな報道を踏まえると、この事件がアイドル文化とはさほど関係のないことが見えてくる。AKB48が襲われたのは偶然でしかない。タイミングと地理的要件さえ合えば、他の場所で彼はこの事件を起こしていた可能性も高い。

 がゆえに、この事件はAKB48やアイドル文化の枠内だけで語るべきではないだろう。なぜならこの事件は、社会との接点を失ったコミュニケーションが苦手な青年による「間接自殺」だからである。

「無敵の人」の最期の一撃

 オタクがまだ「おたく」と呼ばれていた80年代前半、その存在に奇異な視線が送られていたのは、彼らが決して社会的に孤立をしていたからではなかった。

 当初は「おたく族」ともしばしば呼ばれたように、オタクは常に集団性を持った存在だと見なされてきた。また、その語源が相手を「おたく」と呼ぶことに由来していたように、当時はその独特なコミュニケーションも注目されていた。

 なんにせよここで重要なのは、オタクは決して孤独な存在を指した言葉ではなかったということだ。それは、当時たしかに「ふつう」とは見なされなかったかもしれないが、そこには趣味を介した独自のコミュニケーション作法があった(コスプレはそのわかりやすい例だ)。オタク文化が一般化した現在は、こうしたコミュニケーションももはや奇異には思われない。

 逆に、現在の若者において孤立がちになるのは、趣味を持たない存在である。その趣味とは、アイドルでもゲームでも音楽でもスポーツでもなんでもいい。他者と日常的に交流をはかる趣味を持たない(持てない)存在が孤立する傾向にある。

 こうした存在を指す「コミュ障」という言葉がある。「コミュニケーション障害」を略したネットスラングだが、それは趣味がなく、友人もおらず、そしてネットにひきこもるような存在を想像すればよいだろう。今回の事件の容疑者は、典型的なこのタイプである。

 多くのひとは、この容疑者像には既知感を覚えるはずだ。

 思い出すのは ・・・続きを読む
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筆者

松谷創一郎

松谷創一郎(まつたに・そういちろう) ライター、リサーチャー

ライター、リサーチャー。1974年生まれ。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆し、国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、映画やマンガ、ファッションなどカルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。著書に『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)、『ギャルと不思議ちゃん論――女の子たちの三十年戦争』(原書房)。共著 に『どこか〈問題化〉される若者たち』(羽淵一代編、恒星社厚生閣)、『文化社会学の視座――のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』(南田勝也、辻泉編、ミネルヴァ書房)等。

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