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[7]「ディズニー化」というフィルターの功罪

叶精二

 公開15週目に突入した『アナと雪の女王』。日本国内累計興行収入は231億円、動員は1818万人を超えた。

 去る5月30日、7月16日発売の『アナと雪の女王』のBlu-ray/DVDの予約が開始された。わずか10日間で40万本という驚異的予約数を記録し、このまま増え続ければ100万枚突破の目算だという(6月12日付『Impress Watch』)。

 『サウンドトラック』CD、書籍、食器、文具、人形、なりきりドレスなど様々な関連商品も売れ行き好調で、ショッピングモールではあちこちの店舗で特設コーナーが出来ており、少し歩けばどこからか主題歌が聞こえて来る。キャラクター商品展開上では『アナ』ブームは始まったばかり。今後も商品数は増え続けることが予想される。

ディズニー版のオリジナル化現象

 かつてウォルト・ディズニーはこう語ったという。

 「我々は、昔のおとぎ話を現代に通じるものに翻訳するのです」(『ディズニーアニメーション大全集』2001年/講談社)

 これまで述べて来たように、ディズニーは数多くの童話や児童文学、小説などを長編アニメーションの素材として採り上げて来た。そして、その全てが原作とは異なる内容に「翻訳」された作品となっている。「ほぼオリジナル」と言うべき作品も多く、原作の忠実な映画化は皆無と言ってよい。このため、それらの作品群は度々賛否の議論の的となって来た。

 ディズニー長編『ふしぎの国のアリス』(1951年)は、ルイス・キャロルの原作『不思議の国のアリス/原題 Alice's Adventures In Wonderland』(1865年)『鏡の国のアリス/原題 Through the Looking-Glass, and What Alice Found There』(1871年)の愛読者やファンから激しい抗議が起きたという。

 原作は綴りや文法を逆手にとった言葉遊びや謎解き、不条理で一貫性のない物語、不可解で不気味なキャラクターなどが最大の魅力であった。数学者で生涯独身だったキャロルは、学寮長の三人娘に、即興の話をせがまれ、思いつくまま娘の一人を主人公にした物語『地下の国のアリス』を綴ってプレゼントした。

 これを後に改稿した著作が『不思議の国のアリス』である。初版はキャロル自身の画を参考に、風刺漫画家ジョン・テニエルが挿絵を手がけており、その的確で強烈なヴィジュアルも絶大な支持を得ていた。

「ふしぎの国のアリス」c)Disney拡大『ふしぎの国のアリス』(ブルーレイ) (c)Disney
 一方、ディズニー版はアトラクションのような異世界を舞台としたミュージカル娯楽作となっている。ディズニーは映画完成の30年前から映画化を熱望していたと言われるだけに、「翻訳」の労苦の痕跡は充分感じる。

 たとえば、キャラクター・アニメーションの名手ウォード・キンボールが描いたチシャ猫(ディズニー表記では主に「チシャ猫」だが、原作の翻訳表記では「チェシャ猫」)は写実風のテニエルとは全く異なるピンクのストライプ・ボディに横広口のコミカルなデザイン。

 ティーパーティーは原作よりはるかに台詞も多く、派手な緩急で騒々しい。総じてディズニー版は原作とは全く別の作品と言わざるを得ない。『アリス』は、ディズニーに限らず、数多くの映像作品やミュージカルが制作されているが、いずれも原作とは異なる作品となっている。

 『くまのプーさん』はディズニーを代表する人気キャラクターだ。短編『プーさんとはちみつ』(1966年)を皮切りに、最近作の長編『くまのプーさん』(2011年)まで、長編各5本、ビデオ用作品10本、シリーズ4本(着ぐるみや人形を含む)、ほか多数の短編が制作された。

 この作品にも原作が存在する。アラン・アレグザンダー・ミルン作、アーネスト・ハワード・シェパード挿絵によるイギリスの児童文学『クマのプーさん/原題 Winnie-the-Pooh』(1926年)である。ミルンは、息子のためにテディベアとその仲間たちの物語を書いた。主人公の少年クリストファー・ロビンは息子の実名だ。

 ウォルトは、娘が原作のファンであったことから映画化を企画し、監督のウォルフカング・ライザーマンと共に原作のイメージに近付けようと試みたという。

 しかし、ロビンのボブカットはアメリカ少年風の短髪に、台詞のアクセントもアメリカ中西部に変更され、オリジナルキャラクターも登場するなど創作箇所も多々あった。イギリスでは不満の声が殺到、新聞紙上で抗議運動が起きた結果、ロビンの声をイギリス南部のアクセントで録音し直したという(アン・スウェイト著『クマのプーさん スクラップ・ブック』2000年/筑摩書房)。

 後年、原作者の息子・ロビンは、自伝の中で「原作のシェパードの挿絵を支持する人たちが、ディズニーを支持する人たちと争うようなことにでもなったら残念なことだ」と、わざわざファンに自重を促している。

 こうした「翻訳」をめぐる諍いについて、ウォルト自身もスタッフも悩んでいたと言われている。しかし、その後のディズニーのキャラクター商品、続編群、ミュージカルショーなどの圧倒的展開から、「一からディズニーが創造した作品」といった誤ったイメージが一般に広がっていることは事実であろう。

 映画『アナと雪の女王』の宣伝リーフレットには、以下のような文が記されている。

 「映画化にあたり核となる要素を受け継ぎつつも、オリジナルの要素を加えて、物語により深みと感動を与えることで、まったく新しいストーリーを生み出しています。(中略)ディズニーの新たなエッセンスを加えることで、時がたつにつれ、あたかもディズニー版がオリジナル版かのように愛され続けていく作品も少なくないのです」

 「ディズニーは各原作を新解釈で凌駕した」という勝利宣言のようにも受け取れる、自信に満ちた文言である。

 『アナと雪の女王』の原題『FROZEN』には、アンデルセンの『雪の女王』との直接的繋がりはない。邦題では、あえてそれをタイトルに冠している。もし、その理由が「ディズニーがオリジナル版かのように愛され続け」るためであるのなら、それには異議を唱えたい。 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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