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[書評]『買い物難民を救え!』

村上稔 著

小木田順子 編集者・幻冬舎

おじさんソーシャルの説得力  

 ソーシャルビジネス、日本語に訳せば「社会的起業」を目指す若い人が増えていることは、もう何年も前から話題になっている。気にもなっていた。

 だけど、「社会を良くしたいと言ってるけど、自分が有名になりたいだけじゃない?」とか、「お金はあまり儲けなくていいと言ってるけど、要は仕事したくないだけじゃない?」とか、「それ、実のある成果は出るの? 続けられるの?」とか、つい意地悪に突っ込みたくなるケースもあって、手放しで「ソーシャルビジネス、いいね!」とは思えずにいた。

 そんな私を、ソーシャルビジネス信奉者に改宗させてしまったのが本書。私が説き伏せられたのは、まず、著者が「地方のおじさん」(村上さん、すみません……)であることに拠るところが大きい。

『買い物難民を救え!――移動スーパーとくし丸の挑戦』(村上稔 著、緑風出版) 定価:本体1800円+税拡大『買い物難民を救え!――移動スーパーとくし丸の挑戦』(村上稔 著、緑風出版) 定価:本体1800円+税
 徳島市議会議員を12年務めたのち、県議に立候補して落選。すなわち失業。ハローワークに行ったものの、40代後半で応募できるのはごく限られた職種であるという現実に直面する。スタートからして、「慶應SFC出身で、学生時代から起業を志し……」的世界からは程遠い泥臭さなのだ。

 とりあえずカツ丼屋でアルバイトをしつつ、自分で始められる仕事はないかと思案した著者が出会ったのが、「ソーシャルビジネス」という言葉。「そうだ、これだ」と思い立ち、あれこれ画策していたところ、知人から、買い物難民対策の移動スーパー事業を立ち上げないかと誘われる。

 「買い物難民」とは、近隣にスーパーなどの店がなく、高齢で自家用車もないため、食料品・日用品を買えない人たちのことで、全国に600万人以上はいると言われている。

 「ソーシャルビジネス」とは、著者の定義では、「お金儲けだけが目的でなく、社会問題の解決に役立つ仕事」。どんなビジネスも何らかの意味で社会の役には立っているのだけれど、具体的な社会問題を「ダイレクトに」解決するという点が肝。徳島市近郊の買い物難民を探し出し、その人たちの家の近くまで週2回、専用トラック「とくし丸」に食料品を積んで販売しに回る、というのが、著者たちの事業の「ソーシャル」たるゆえんである。

 「買い物難民」は、2000年代後半から社会問題化していて、対策に取り組む自治体やNPOは少なくない。「移動スーパー」自体もオリジナルなものではなく、最近ではネットスーパーや、コンビニのデリバリーサービスなど、類似の事業も増えている。

 だから著者たちの事業も、とりたてて斬新なアイディアではないようにも思える。だが、補助金はどうするか(→もらわない)、どこと組むか(→地元のスーパー)、お客はどうするか(→一軒、一軒歩いて探す)、どう拡大するか(→専用トラックを買ってもらうフランチャイズ形式)、儲けが出ない!(→すべての商品に10円上乗せさせてもらう)、心が通い合う(→脳溢血で言葉が不自由なおばあちゃんが「とくし丸は何でも積んどるなあ」と話しかけてくれた)等、課題を一つひとつクリアしてビジネスモデルを組み立て、実際に軽トラを走らせながら試行錯誤するプロセスは、泥臭い。

 ゆえに読んでいておもしろく、心が躍る。と同時に、それが補助金事業とも大手資本によるビジネスとも違う、いかによく考えられたオリジナルなものであるかに気づかされ、つい「私もやってみたい!」と思わされてしまうのだ。

 実はソーシャルビジネスをやろうと決意するにあたって、著者が理論的支柱としたのは、シューマッハーの『スモール イズ ビューティフル』だった。原著刊行は1973年、石油危機を予言し、産業社会の新たなあり方を提言した世界的ベストセラーである。

 「平和と人間的幸福を求める経済は可能か」という問いに対し、シューマッハーは、そのようなビジネスの条件として、「1 平均的労働者の年収以下の資本で始められる」「2 小さな規模で応用できる」「3 創造力を生かす余地がある」の三つを挙げている。

 もちろん、この3条件は、著者たちのビジネスモデルにぴったり合致する(1 「とくし丸」の開業資金は約300万円)(2 「とくし丸」は小さな軽トラで、ウォーキングで一周できるぐらいの小さなエリアを回っている)(3 お客さんの顔を思い浮かべ、何を積んでいくかを工夫することで、売り上げが伸びる)。

 シューマッハーが40年以上前に予見した新しい経済が、まさに「とくし丸」によって体現されている。ここにも、まちづくりの活動家・清水義晴さんの言葉「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」の世界がある。

 で、こんなに素晴らしいソーシャルビジネスなのだが、さすがはおじさん、決して目をキラキラさせて「仕事は楽しい」などとは言わない。休みの翌朝は販売に行くのが憂鬱。軽トラで同じところを販売して回るのは「飽きない」と言えばウソになる。もちろん楽しさもあるけれど、それは「じんわりと味わいがある」程度のもの。

 この仕事を続けてたどりついたのは、「充実した仕事の喜びは、それに応じた苦労からしか導き出せない」という確信だと言う。よくある精神論・根性論と言えばそうなのだが、おじさんの口から語られると、圧倒的なリアリティがある。私が説き伏せられる、これが最後の一押しとなった。

 そんな次第で「とくし丸、やってみたい!」とすっかり心酔してしまったのだが、残念ながら、私は車を運転できない。

 だが、ふと我にかえれば、シューマッハが挙げている3条件は、そのまま書籍の出版でもいけるんじゃないか? そう、ソーシャルビジネスとしての出版……。なんだか青い鳥に出会ったような、道行きに光が見えたような気がして、本書を読み終え、私のなかには「ワクワク」の火が灯ったのだった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。