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 公開19週目に入った映画『アナと雪の女王』。累計動員は1955万人、累計興行収入は248億円。動員2000万人突破も見えて来た(7月14日付『CINEMAランキング通信』)。

 7月16日には早くも国内盤Blu-ray・DVDが発売される。Blu-ray・DVDとデジタルダウンロード専用サイトがセットとなった「MovieNEX」は7月6日時点で115万枚という予約数を記録(7月8日付『ORICON STYLE』)。発売後は更に伸びることは確実で、映画と同じく驚異的なヒットが予想されている。まだまだ『アナと雪の女王』の席巻は続きそうだ。 

表1 ピクサー長編の全米興行収入ランキング拡大表1 ピクサー長編の全米興行収入ランキング
表2 ピクサー長編の世界興行収入ランキング拡大表2 ピクサー長編の世界興行収入ランキング
表3 	ピクサー長編の日本興行収入ランキング拡大表3 ピクサー長編の日本興行収入ランキング
表4 2作品のデータ比較拡大表4 2作品のデータ比較

世界を映す「客観的」なカメラ

 『メリダとおそろしの森』は全米では大ヒットを記録した。ビクサー長編に限れば、全米歴代9位、世界歴代8位の好成績だ(表1、2参照)。

 しかし、日本では全くヒットしなかった。ピクサー作品は、全作が興行収入15億円を超える大ヒットを記録しているにもかかわらず、この作品だけが9億にも届かなかった(表3参照)。実に奇妙な現象である。

『アナと雪の女王』拡大『アナと雪の女王』 (C)2014 Disney. All Rights Reserved.
 『メリダとおそろしの森』と『アナと雪の女王』の相違点は何か。

 第一に、一瞥して分かる通り、キャラクター造形が全く違う。

 『メリダとおそろしの森』のキャラクターは押し並べて眼が小さい。主人公のメリダの顔の輪郭はコケシのように球形に近く、あごも丸い。

 髪は赤毛の爆発型カーリーヘア。メリダの行動や表情は常に自立的意志的で明解。たとえ母をクマに変身させてしまっても、思考停止で泣き崩れたりせず、次の行動をためらわない。

 その目線は真っ直ぐ前方・遠方を見つめる視線や、苛立ち・不満・怒り・喜びなど多彩なヴァリエーションがある。スコットランド訛りを研究したという唇の動きも特徴的だ。

『メリダとおそろしの森』拡大『メリダとおそろしの森』=提供・マンハッタン・ピープル
 メリダの体型は極一般的な中肉中背で、異常にウエストの細い痩せ形でも、ふくよかなナイスボディでもない。メリダの赤いパーマヘアをなびかせる技術開発には3年を要し、男たちのキルトの重ね着のコスチュームを描く手間暇も惜しまなかった。

 第二に、原作や原案が存在せず、ミュージカルシーンがない。ただし、これは『メリダとおそろしの森』に限った特徴ではない。

 ピクサー作品は、常にオリジナルの新作であり、ミュージカルシーンはない。挿入歌の歌詞が場面やキャラクターの心理を補足・代弁することはあるが、キャラクターたちは歌うことも踊ることもしない。

 本作でも主題歌「Lean Me Right」を含むスコットランドの民族音楽風の楽曲が多々使われているが、それらが最大の見せ場とはなっていない。

 第三に、『アナと雪の女王』を唯一上回る6年もの制作期間と製作費185億円の使い道である。185億円という莫大な製作費は、『トイ・ストーリー3』『カーズ2』の200億円に次ぐピクサー歴代3位だが、ヒットの公算可能大の人気作の続編と完全新作では条件が異なる。それは、難易度の高いアニメーション表現の開発に費やされた面が大きいと思われる。

 まず、場面設計が根本的に異なる。空間丸ごとを写し込む凝ったレイアウトのロングショットが多く、実在感のある架空の世界を見せたいという強い意志を感じる。

 冒頭、メリダは馬を駆って森を抜け、渓谷をよじ登り、滝を眺め、存分に大自然を満喫する。森の木々や地衣類、岩や崖など細部まで作り込まれた造形物と自然光を意識したライティングで築かれた実景さながらのロングショットが見せ場で、メリダはその紹介役といった印象だ。馬の疾走は空撮や遠方からのフォローが多く、カメラがメリダをアップで捉えて表情をきちんと見せるのは弓を射るアクションのカットくらいだ。

 前半は母と娘の会話シーンが多いが、食卓でも部屋でも二人には距離感がある。会話の主体の頭越しに相手を捉えた主観目線のアップの切り返しが多いものの、二人ともを捉えたミディアムショットや適度なロングショット(母娘以外の視点)が挟まれる。

 メリダ単独のシーンでも、膝上または全身を捉えたレイアウトが多い。母が巨大なクマになってからは、対比の関係もあり、一層母と娘の全身芝居が多い。川でのサケ漁は水面スレスレのカメラで、古城での巨大クマとの格闘は高低差を活かしたレイアウトで、いずれも舞台全域を映し込んだロングのアクションばかり。

 マッキントッシュ、マクガフィン、ディンウォールの各部族、部族長とその長子たちは、大広間でも競技場でも常に口論と喧嘩が絶えず、全員が槍を突き立てて威嚇し合う。それをダンブロッホの民衆が見守り、はやし立てる。三つ子の王子たちはあちこち走り回っては悪戯をし、城内の召使いが回廊を追ったり逃げたり等々、カメラワークを伴ったロングショットで大量の群衆が画面のあちこちで別々に動き回るシーンが実に多い。

 さり気なくやっているが、アニメーションとしては異常な手間のかかるシーンばかりだ。設定上の主要キャラクター30名と100名の群衆を描き分けるため、ピクサーでは新たなソフトを開発したという。しかも、薄暗い夜のシーンがやたらと多いため、ライティングの設計が繊細だ。

 要するに、特定の人物の視線で世界を切り取るだけでなく、数歩退いて全体を眺めるような視線に誘導される設計が多用されている。よって、観客は「客観的」に作品世界に立ち会っているように感じる。

「入口と出口が違う」考えさせる結末 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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