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[13]心象で綴られた主観的な世界

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

数限りない矛盾は問題ではない

 引き続き、顰蹙を覚悟で『アナと雪の女王』の矛盾を羅列してみたい。

 アナとエルサは誰よりも互いをいたわり合う存在であり、その「真実の愛」というテーマは多くの観客に支持された。しかし、劇中には「愛ゆえの行い」というだけでは、解せないシーンが幾つかある。

 氷の宮殿にたどり着いたアナをエルサは迎えるが、共に帰ることを拒絶し口論となる。エルサは氷結魔法で再びアナを傷つけ、その自覚もないまま「城へ帰れ」と命じて去る。

 その際、氷の巨人マシュマロウがアナと同行したクリストフやオラフを襲う。この巨人は、エルサの無意識の拒絶からその場で生まれたようにも見えるが、エルサはハンスらを襲うマシュマロウを後方から見ており、その存在には気付いていたようだ。

 崖下まで追い詰められたアナらは何とか一命をとり留めるが、一歩間違えば全員死亡である。エルサは動揺で我を忘れて全てに無自覚であったとしても、結果として世界で最も大切な妹を自ら死の危機に陥れている。

 アナの致命傷や巨人の襲撃をエルサが知らなかったとしても、豪雪の中を訪ねて来た妹をねぎらいもせず、暖もとらせず、食べ物も防寒着も何一つ与えず、遙かな首都まで身一つで即刻「帰れ」と放り出す対応だけでも、死刑宣告と変わらない仕打ちではないか。

 当初案で悪役だったエルサはアンデルセンの『雪の女王』に登場するような、氷の軍団を率いる予定であったらしく、その名残がマシュマロウだという。造形からして、エルサの排他的攻撃性を体現するキャラクターであり、平和的防壁の役割には見えない。

 いずれにしても、刺客でもない最愛の妹に差し向けるのは筋違いではないか。中盤の中だるみを防ぐスペクタクルとしては不可欠かも知れないが、やり過ぎの感は否めない。

 後に、投獄されたエルサはアナが城へ戻っていないことを知って困惑し、塀を壊して逃走する。しかし、彼女はアナの捜索はせずに、何とか城へ戻ろうとするだけである。精神的混乱のためとはいえ、保身が常に優先のようにも見えてしまう。吹きすさぶ吹雪の中を逃げるのは絵としては美しいが、エルサはオラフやマシュマロウを作れる能力があるのだから、もっと効率的な移動手段も魔法で何とかなるのではないか。

 また、どうにも分からないのが地形と距離感である。

 エルサが宮殿を築いたノースマウンテンは、アナとクリストフとスヴェンが深夜に狼の襲撃に遭いながらもソリを飛ばして疾走し、その後も夜通し歩き続けて、ようやくたどり着いた場所だ。

 しかし、アナを追ったハンス王子はかなり後発であった筈(アナの愛馬が翌日城に帰還した後)なのに、アナと入れ替わりに宮殿に到着。アナとクリストフがトロール達に逢って帰路に着く間に、ハンスらは気絶したエルサを連れて城に戻り、手足に枷をはめて投獄し、目覚めたエルサに事情の説明までしている。アナが迷いながら徒歩で行き来したためとはいえ、ハンス一行の移動時間は短すぎるのではないか。

 そもそもエルサがノースマウンテンの氷の城に居ることをどんな手段で察知し得たのか、どんな最短ルートを誰の導きで通ったのか。また、ハンス一行は雪深い急斜面の山道をコート程度の軽装のまま馬で往復したようだが、常識に考えて、完全防寒・徒歩行軍以外はあり得ないのではなかろうか。

 加えれば、アナに国を任された身でありながら、遭難の危険もある捜索隊を指揮するのは、アナと同じく国政放棄なのではないか。その間にウェーゼルトン公爵暗躍の可能性もあったのではないか。

 ほかにも、エルサの降雪魔法(大気変動や雪雲発生まで操作できる巨大魔法)と氷結魔法(周囲を瞬間凍結させる液体窒素のような魔法)の発動条件(氷結は意志で発生するが、降雪は無意識でも可能なのか等)、鋼鉄の枷も砕くほどの魔法が薄いグローブ一つで封印出来ていた心理的理由、魔法で城を築けた建築的技術的根拠や衣装変化の根拠、氷の宮殿では人間的衣食住は不可能ではないのか、アレンデールの寒冷化は毛布配布などでは到底解決出来ないのではないか、エンドロールの後にマシュマロウが再登場するがエルサの氷の城は健在なのか等々、疑問点・矛盾点は挙げればきりがない。

 しかし、こうした細かな矛盾は実はどうでもいい。少なくともそう思い切らなければ、制作者は作品を世に問う意味がない。

 観客がこれら全てを合理化・一掃できる鑑賞法がある。

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