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なぜアマゾンに出荷停止をしているのか?

高須次郎(緑風出版代表取締役、日本出版者協議会会長)

 2012年8月以来、Amazon.com Int’l Sales,Inc.が、Amazon Studentプログラムの名で学生を対象に10%もの高率(新学期等は15%)のポイントサービスによる値引き販売をしていることに対し、日本出版者協議会(会長=高須次郎。会員95社)ならびに加盟各社は、再販売価格維持契約に違反する大幅な値引き行為と判断し、同年10月以来、3度にわたってその中止を求めてきた。

 対象を学生に限定しているが、その率は10%という高率だ。今後すべての読者に拡大されると書店への影響は決定的になる。

「アマゾン・ジャパン」の倉庫 千葉県市川市「アマゾン」の倉庫=千葉県市川市
 ところが同社が、「契約当事者でない」(出版社は取次店の日販などを通してアマゾンに出版物を卸しているため、出版社は取次店と再販契約を交わし、アマゾンは取次店と再販契約を交わしている)などの理由で回答を拒否し、依然として同サービスを続けているため、加盟社のうち51社は、2013年8月7日までに、Amazon.com Int’l Sales,Inc.に対し、Amazon Studentプログラムから自社商品を1カ月以内に除外するよう求めた。

 51社の点数は4万1740点、アマゾンデータベース約70万点の6%にのぼる。

 しかし同社が応じないため、本年5月から加盟社5社が取引先の日販等を通じて再販契約書の規定に従い、同社への出版物の出荷を停止した。出荷停止6カ月が緑風出版、晩成書房、水声社、同1カ月が批評社、三元社である。

 出荷停止された書籍は、5社で約2700点である。また45社が改めて、同サービスからの自社商品の除外を求めた。8月には、彩流社、リベルタ出版、大蔵出版、あけび書房の4社が、再販契約違反として日販に対して違約金を請求した。

 アマゾンは書店売り上げトップで、出版社の書店売り上げの10%から20%を占めており、そんなお得意先に出荷停止をするなど通常は考えられない。何が起きているのか?

本の再販制度はなぜ必要なのか

 読者・消費者にとって、ポイントサービスによる値引き販売は歓迎すべきことであって、なぜ出版社が反対するのか理解に苦しむ向きも多いことだろう。

 自由経済では、メーカーが小売店の販売価格を決めるということ、つまり再販売価格維持行為は独占禁止法で不公正な取引方法として禁止されている。しかし、著作物は例外とされ、現在、新聞、雑誌、書籍、レコード盤、音楽用テープ、音楽用CDの6品目について再販売価格維持行為が認められている。

 学問芸術といった人間の知的創造物である著作物を書籍・雑誌・新聞などの媒体によって伝達していく行為は、一国の学問芸術、文化や教育の普及、そしてその水準の維持と継承に欠かせないもので、多種多様な著作物が全国に広範に普及されることが求められている。

 しかも、それらは国民に均等に享受されることが求められ、離島・山間・僻地などを理由に価格差があったりしてはならず、全国どこでも同じ値段で知識や文化にアクセスできることが、民主社会の公正・公平な発展に役立つと考えられている。その意味で、再販売価格維持制度は、著作物の普及という文化的、公共的、教育的役割を実現していくインフラとして適しているとされてきた。

 とりわけ、売れ残りの返品を出版社が引き受ける委託販売とセットになって全国同一価格で販売される書籍や雑誌は、独禁法制定以前からこうした商慣習があったこともあり、出版物再販制度として定着してきた。

 しかもこの再販制度=定価販売によって、出版物の恣意的な値上げが繰り返されているかというと、そうではなく、本の定価は物価の優等生といわれるほど他の物と比べて安定ないし下落しているのが統計でも明らかである。また売れ行き良好書の文庫化や、古書店、新古書店、図書館の普及が、廉価ないし無料での読者の出版物へのアクセスを可能にしており、新刊の書籍や雑誌に定価販売を許してもとりたてて読者からの苦情など弊害はみられなかった。

 そして出版社は値付けができることで、1冊当たりの制作原価に一定の利益率を乗せて、定価決定を行うことができ、売りにくい研究書などを含め多種多様な本の出版が可能となる。返品可能な委託販売制度とセットになって、出版社は返品のリスクを負いながら経営を含めた出版のすべての責任を負うことは言うまでもない。書店もいたずらな値引き競争に巻き込まれることなく、返品可能な委託販売制度によって安定的な経営ができる。

 このように本の再販制度は、出版物の多様性と読者の知へのアクセスを保障し、言論・表現の自由という私たちの社会のもっとも基本的な価値を守ってきたといえる。

 また、著者が言語等の著作物として生み出したものを編集発行した出版物は、生鮮食品などの一般商品と違って、かりに同じテーマでもそれぞれ内容が全く違う、非代替性が強い商品である。しかも一般商品と比べて、1人の読者は同じ本を何度も買って読むわけではなく、反復消費されることのない商品である。したがって読者の利益は、むしろ出版物が多様に多品種に生産供給されることで得られる。

 さらに著作者の収入となる印税は、本の定価と印刷部数を基準に支払われており、本の価格が定まっている方が、収入も見込め、著作に専念しやすくなる。

 再販制度が崩壊して、出版社の定価決定権が奪われると、流通段階での買い叩きが行われ、出版社の売り上げも著者の収入も不安定化しかつ減少し、値引きを前提にして、カバープライスも値上げされ、読者も高い本を買わされることになる。いきおい企画は売れ筋に集まり、いわゆる硬い本は排除され、読者にとっての最大の利益である出版物の多様性、言論・表現の多様性が失われていく結果となる。

 このような理由がドイツ、フランスなど世界各国で再販制度が採用されている所以であり、再販制度を取らないアメリカやイギリスでは、書店の減少などさまざまな弊害が起きている。

 このように著作物再販制度は読者や著者の利益になる制度であり、そうした観点から、出版社、取次店、書店は再販契約を結び、その遵守を約しているわけである。

 そして、問題のポイントサービスについては、公正取引委員会は、1%程度のお楽しみは除いて、値引きに当たると認めていて、自社商品のポイントサービスからの除外要請もできるとしている(2004年の野口文雄公正取引委員会取引企画課長見解)。

 また再販契約書は、値引きなど再販契約に違反したと出版社が認定した場合、出版社は取次店を通じて小売店に、警告、違約金の請求、出荷の停止をすることができることとなっている。

アマゾンの一人勝ち

 2000年に日本に上陸したアマゾンは、先に触れたように、いまやリアル書店、ネット書店の全体の中で、売り上げトップの書店である。すでに小売り書籍売り上げの20%以上、本全体の売り上げの10%以上を占めていると言われ、他の追随を許さない。

 その書店が再販契約を無視して大幅な値引きを行っている。アマゾンのAmazon Studentポイントは、対象を学生に限定しているが、その率は10%という高率で、ネット書店という特徴から、大学生協のように大学周辺という地域限定的な影響ではなく、場所を選ばない全国的影響がすでに出ていて、書店間のポイントサービス合戦を誘発しつつある。

 このサービスがすべての読者に拡大されると書店への影響は決定的になる。

 アマゾンがこうした高率ポイントを実施できるのは日本の消費税や法人税を払っていないからだという指摘もある。

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