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[書評]『アメリカ文学に触発された日本の小説』

渡辺利雄 著

松澤隆 編集者

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大岡も大江も村上春樹も、みんな新大陸を飲みほした  

 面白い内容なのに、硬い書名で損をしている。ただし、「国境を超えた人間の永遠の問題」というオビの惹句からは、「研究社の研究書じゃない!」という意気込みは、じゅうぶん感じます。

 本書は、アメリカ文学の泰斗の長年にわたる比較文学研究の成果だが、比較研究にありがちな鬱陶しさはない。英文の引用もほどほど、人名・作品名の索引はあるが、脚注・後注のたぐいはなく、読みやすい。しかし、読みやすいといっても軽薄でなく、面白いといっても単調ではない。

『アメリカ文学に触発された日本の小説』(渡辺利雄 著、研究社) 定価:本体2000円+税拡大『アメリカ文学に触発された日本の小説』(渡辺利雄 著、研究社) 定価:本体2000円+税

 読みやすさの一因は、昭和女子大学のオープン・カレッジでの1年間におよぶ講座に基づいているから。タテ組で、全篇「です・ます」調。ただし、平易さを求めるあまりの弛緩や冗漫には、陥っていない。

 採り上げた作家作品は、(1)ポー『アーサー・ゴードン・ピムの物語』と大岡昇平『野火』、(2)ポー『アナベル・リー』と大江健三郎『臈[ろう]たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』、(3)メルヴィル『白鯨』と宇能鴻一郎『鯨神』、(4)トウェイン『王子と乞食』と大佛次郎『花丸小鳥丸』、(5)トウェイン『アーサー王宮廷のコネティカット・ヤンキー』と半村良『戦国自衛隊』、(6)トウェイン『不思議な少年』と高橋源一郎『ゴーストバスターズ』、(7)ビアス『月明かりの道』と芥川龍之介『藪の中』、(8)ドライサー『アメリカの悲劇』と石川達三『青春の蹉跌』、(9)サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』と庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』。

 いずれも、読者が対象の作品を既読でも未読でも、問題ない。それぞれ、過不足ないあらすじを交えて作品世界に導いてくれる。

 また、「作品はこれだけ?」「重複している作家がいるじゃん!」という方に、申し上げたい。この選択こそ、単調さを回避した本書の手柄です。もし、数を挙げて欲しいなら『比較文学辞典』のような本を読んでください。

 愉しいのは、どの章も視点が自在で、かつ放逸でないこと。たとえば、フランス文学を学んだ大岡昇平が、戦後屈指の名作とされる『野火』の構想を、ポー唯一の長編小説から得た経緯。ポーから得たのは「人喰い」だけでなく、額縁小説(語り手が作中の前後に登場)の手法。こういう点を碩学がじっくりと説く。再読したくなる。

 主題に関わる深い読みにも、引きこまれる。たとえば後半に出てくる、日本の共同体の伝統的な「野焼き」の回想と、フィリピンの孤立した戦場における「狼煙[のろし]」の体験との対比。主人公が「火」に感じる「郷愁/不安」という矛盾である。それは「創造/破壊」の矛盾でもある。

 語学者としての本領が発揮されるのも、ここ。すなわち、「火」に籠めた矛盾は、米国翻訳家による訳題“Fires on the Plain”(燎原の火)では誤りでないまでもやや生硬で、英語ネイティブには伝わらないと指摘し、読者をうならせる。さらにフランス語訳では、the firesに相当するLes Feuxが使われていて、それは「砲火」「戦火」を連想させるのみだという。

 かくして、「火」の意味合いの違いに端を発し「野火」に籠めた切実な比喩を明らかにするとともに、アメリカの19世紀作家に学んだ日本の20世紀作家が、戦場という生と死のはざまで見つめた、創造者でかつ破壊者である「究極的な『人間存在』の意味」(著者の言葉)をつきつけるのである。

 さらに、大岡昇平と大江健三郎を並べ、タイプの違う戦後日本の代表作家が、タイプの違うポーの作品を、それぞれもろに下敷きにしている意味を、考えさせる。ポー愛好者だけに独占させるには惜しい普遍性を、気づかせてもくれる。

 他の章も、それぞれ面白い。読み進むほどに、アメリカ文学研究を通じてアメリカのものの見方を教えるだけでなく、ヨーロッパなどに比べ日本の近現代の有名作家があまり創作のヒントにしたように思われないアメリカ文学が、意外にも、ときに濃厚に、ときに巧妙に採りいれられていることを、解き明かしてくれる。

 最後の第10章に、村上春樹が登場する(当代随一の人気真打ちは、やはりトリなのです)。

 「『夢』と『記憶』のはざまで」と題し、複数の作品が総括的に論じられている。この章だけは、単一の日本作品とアメリカ作品との比較ではない。もちろん、村上の小説が、複数のアメリカ作家・作品の影響を受けている周知の事実を、改めて説き聞かせるような陳腐な内容ではない。むしろ、村上という鏡を通して、アメリカ文学の本質を照らし出そうとする。

 著者は、アメリカ文学には、大きな二つの特徴があるという。一つは「伝統」そのものからの隔絶、離脱。もう一つは「根無し草」の意識、あるいは「移動の感覚」。村上は、それらがやがて、アメリカの読者から世界の読者に共通する切実な関心となっていくことを、作家活動の最初から意識して創作を始め、ゆえに物語の形式・技法をアメリカから学び、今もなおその視点を維持し続けている、そう、著者は示唆したいようだ。

 最終章におよんで著者は、村上作品の可能性を論じることで、我々がともすれば「伝統のないアメリカ文学」などと単純化しやすい弊害に警鐘を鳴らし、あらためて偏見なく小説を読む醍醐味を謳い上げるのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

松澤隆

松澤隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。