東浩紀 著
2014年12月18日
本書は、次の第一声で始まる。――「ネットは階級を固定する道具です」。
少しわかりにくいが、これはどういうことなのだろう……。
『弱いつながり――検索ワードを探す旅』(東浩紀 著 幻冬舎)
ネットの情報量は無限大だ。その中から必要な情報を選び出すには、それなりの「検索ワード」が必要になる。
「検索ワード」はいくらでも思いつくことができるだろう。だから、我々は情報をいつでも探し出せると思って、それ以上のことはあまり考えずにすませる。その気になれば、手軽にアクセスできるさと。
だが、現実はもちろん、そんなにヤワではない。
たとえば、グーグル検索で出てくる情報は、過去のあなたの検索履歴によって、予め機械的に、「カスタマイズ」という名のもとで限定されている。
そうでなくても、グローバリゼーションの時代には、既知の「検索ワード」などではたどり着けない情報のほうが、役に立つことが多い。
気をつけないと、我々は密室で孤独にパソコンをいじりながら、無自覚のまま検索ロボットによる操作を受け、大事な未知の情報には至れないことが多いのである。
つまり、あなたは、あなたのそれまでの経験や知識のレベルにとどまるしかなく、「ネットは階級を固定する」ことになっている。
ましてや、人間は環境に規定される。親や友人、学校や職場のもつ力によって、知識や習慣や言語はもちろん、ときには感覚や感情のベクトルに至るまで影響を受ける。
あなたやわたしが使う「検索ワード」だって例外ではない。うかうかしていると、これも、あなたの経験と環境の関数に過ぎないことになる。そしてあなたの環境から引き出された情報には、当然ながら「あなた」という限界があるのだ。
だったら、何者かに操作されることを免れて、環境と「あなた」との限界を超えた「検索ワード」を手にし、「階級の固定」から抜け出して、自由で広い情報の世界へと羽ばたきたい。
としたら、いったいどうすればよいのか。本書は、そんな疑問に答える実用ガイド風の体裁をとっている。テーマを換言すれば、「知らないものと出会う方法」というところだろうか。
著者は、ひとまずアメリカのマーク・グラノヴェターという社会学者が1970年代に提唱した「弱い絆(ウィークタイ)」という概念を持ち出す。
300人の男性ホワイトカラーを対象にした彼の調査で、「多くのひとがひととひととの繋がりを用いて職(転職先)を見つけて」おり、しかも「高い満足度を得ているのは、『たまたまパーティーで知り合った』といった『弱い絆』をきっかけに転職したひと」であることが明らかになり、そこから作り出された概念であるという。
社会のダイナミズムを考える上で重要で、いまでも最先端のネットワーク理論などでよく参照されているそうだ。
この統計結果には、終身雇用の時代が過ぎ、転職が日常茶飯事になった今の時代には有無を言わせぬ説得力がある。
そのポイントは、「グローバリゼーション」が進む現代には、地縁、血縁といったような深く強い縁ではなく、薄くてももっと広い情報があらゆる意味で重要になっているということ。そして、それを探すにはそれなりの「検索ワード」がいるということだ。では、必要度の高い、未知の「検索ワード」へのアクセス方法はどうすれば手に入るのか。
ここで本書の挙げる実例は秀逸だ。たとえば、3・11後の福島原発の処理に関して「福島第一原発観光地化計画」というユニークなプランを持つ著者は、チェルノブイリに関する情報を仲間と収集する過程で、日本語と英語の「検索ワード」だけでは「チェルノブイリへの観光客数の推移」といった基礎的な情報さえ手に入らないことに気づかされる。
ところが、ある機会に偶然出会った上田洋子さんというロシア語の演劇研究者に、チェルノブイリ行きのリサーチや通訳を依頼した上で会議に出席してもらうと、彼女は、目の前でロシア語のウィキペディアなどの検索を始め、1時間ほどの会議中に、スタッフが2ヶ月使って集めた何倍もの情報が手に入ったという。
ここで著者が強調するのは、カタカナの「チェルノブイリ」でも、英語表記の「Chernobyl」でもなく、キリル文字の「Чернобыль」という「検索ワード」があったから入手できた情報だったことと、それが上田洋子さんという「弱いつながり」で結ばれた人との出会いによって使用可能になったという事実だ。
これに類した実例をいくつか挙げて、著者はこう提案する。
「私」という環境に依存した存在から出てくる、計画済みの決まりきったような「検索ワード」を更新するために、「若者よ 旅に出よ!」と。ただし、それは「自分探し」などではなく、あくまで新たな「検索ワード」探しの観光の旅だ。そして、その旅は「ネットを離れリアルに戻る旅ではなく、より深くネットに潜るためにリアルを変える旅」でもあるのだ。
この提案を家族連れの世界にまたがる観光旅行によって実践している著者は、さらに忘れずにこうも言う。「人生の充実のためには、強い絆と弱い絆が必要です」と――。
さりげないだけになかなか印象深く響く言葉で、わたしには、これが寺山修司が40年も前の60年代に説いた「家出のすすめ」や「書を捨てよ、町へ出よう」といった若者たちに対する歴史的なアジテーションの、21世紀版の遠く離れた変奏曲のようにも聞こえたのである。
最後に、「旅とイメージ」という副題を持つ「おわりに」の章に記された、五つの心構えのようなものを紹介しておこう。
1.無責任を怖れない。 2.偶然に身をゆだねる。 3.成功とか失敗とか考えない。 4.ネットには接続しておく。 5.しかし無視する。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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