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[書評]『西洋政治思想資料集』

杉田敦・川崎修 編著

松澤 隆 編集者

正義のありかを見すえるレッスン  

 意欲的な大学の教科書が登場した。かつて萩原朔太郎は、学生にとって教科書は「宇宙において、これほどにも乾燥無味の書物はない」が、「さうでないと言ふ日が来るであらう。彼等にして学校をやめ、今一度、試験の心配なしに読んだならば!」と、喝破した(『虚妄の正義』)。

 そのせいかどうか、本書は教科書にしては面白すぎる。

『西洋政治思想資料集』(杉田敦・川崎修 編著 法政大学出版局) 定価:本体3200円+税拡大『西洋政治思想資料集』(杉田敦・川崎修 編著 法政大学出版局) 定価:本体3200円+税
 あとがきによれば「講義の際の参考文献として企画された」が、「政治学に興味をもつ一般の読者も、原典の一部に親しむことによって、思想家・理論家への興味を深め」ることを期待しているとあり、大いにうなづく。

 具体的には、古代ギリシャから現代まで57人の思想家を、それぞれ第一線の研究者が1人ずつ横組2ページで解説し、その後で代表的な原典を、2または4または6ページで邦訳から引用(もしくは執筆者訳で)、紹介している。

 「よくある本じゃん」と、早合点する読者もいるだろうが、そうではない。

 解説がすべて2ページで完結しているから要点を概観しやすく、その後の引用文も全て2の倍数ページだからアタマに入りやすい。

 そもそも文字だけの本で(図版で調整せずに)、全員をA5判2ページ、およそ2000字という同一スペースで解説するのは至難(無謀?)のはずで、その成果として、採り上げた思想家の今日的意義と研究者の力量が、一目瞭然になっている。

 引用の仕方にも、巧拙が出る。

 いらしたじゃないですか、学生時代、オハナシは面白いのにレジメの作り方がヘタで、引用文と講義内容とが必ずしも一致しなかった先生方が。

 本書でも、それは歴然。解説は立派だが、その次のページの原典の引用理由がはっきりしない執筆者もいれば、その逆で、解説と引用のバランスが抜群で、担当した思想家についての全ページが放つ集約力、発信力が途方もない充実感を与えてくれる執筆者もいる。

 とくに、編者を兼ねた杉田敦氏と川崎修氏の担当ページは、熱い。フーコーとアレント。前者は、『監獄の誕生』の引用を踏まえて、現在ますます説得力をもつ「権力の動機づけ」の要点を教え、後者は、『全体主義の起原』の引用から、これまた今日的課題である「多くの人間を一人の人間」にしてしまう組織的テロルの脅威の構造を示す。

 高山裕二氏のトクヴィル、権左武志氏のヘーゲル、野口雅弘氏のウェーバーも、刮目して読んだ(何を今さらという方もいるでしょうが)。岩崎稔氏のルナンも刺激的だ(「国民国家」のきわどさ)。一方、執筆後に故人となった清末尊大氏のボダンと、今村仁司氏のソレルは、それぞれ(主著とは別な意味で)貴重なページだろう。

 だが本書の最も意欲的な点は、アレントだけでない女性たちの項目。

 18世紀に女性の権利を説いたウルストンクラフトで一項目(執筆は中村敏子氏)、また、ボーヴォワール、ミレット、バトラーの3人を、例外的に「第二波フェミニズム」としてまとめ、紹介している(執筆は岡野八代氏)。しかも、ウルストンクラフトはバーク(執筆は犬塚元氏)の直後、第二波フェミニズムの3人はハーバマス(執筆は齋藤純一氏)の直後で、掉尾を飾る。

 その結果、思想史のドラマ、いやダイナミズムに導かれつつ、政治を考える際の様々な偏見の所在に、あらためて気づかされる。

 言ってしまえば、《政治思想》とは、研究者や政治家のための特殊な商売道具ではなく、いかに我々一般人の平凡な欲望の産物かということ、さらに、政治のありかたを論じるときに今なお、いかに(無意識的に)性的な支配関係を前提としやすいかということを、説得力のある的確な引用が、明らかにするのである。

 充実した内容だけに、相当な紆余曲折があったと想像される。

 あとがきの「編者の力不足と出版社の編集体制上の不備」から「当初の予定よりはなはだしく遅延」という一節には、粛然たる気分になる。

 しかし、部外者がかってなことを言わせてもらえれば、アジアで最初に《西洋化》を成し遂げたはずのこの国で、《政治とは何か》がある意味で最も激しく問われた2014年に本書が刊行されたのは、偶然とはいえ実に示唆的に思えてならない。

 フーコーを概説した杉田氏は、こう、しめくくっている。「しかしどのような権力も、行使されている側の協力なしに維持できない以上、どんな権力のもとでも、それに抵抗し、それを変える自由へのきっかけは常にある」。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

松澤 隆

松澤 隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。