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[書評]『N0ヘイト!』

ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会 編

高橋伸児 編集者・WEBRONZA

本屋さんの棚をにらんで舌打ちする前に…… 

 特にこの1年ぐらいだろうか、書店の棚を眺めながら、イライラすることが多くなった。こんな本を書きやがって、こんな本を出しやがって……。あげくに、こんな本を目立つところに並べやがって、フェアなんかするんじゃねーよ、こら、と店内で舌打ちする。

 「こんな本」とは、「嫌中嫌韓」本のたぐいだ。もちろん昔から、文句を言いたくなる本はたくさんあったのだけど、こうした「ヘイト本」がこんなに出回るようになったのは出版史上初めてのことだろう。

『NOヘイト!――出版の製造者責任を考える』(ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会 編、加藤直樹 神原元 明戸隆浩 著 ころから) 定価:本体900円+税拡大『NOヘイト!――出版の製造者責任を考える』(ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会 編、加藤直樹 神原元 明戸隆浩 著 ころから) 定価:本体900円+税
 本書は、ヘイト本が次々刊行され、売れている状況に危機感を抱いた出版関係者約20人で結成された「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」などが開いたシンポジウム(2014年7月)の再録を中心に、出版人をはじめ、弁護士、社会学者のコメントや論考で構成されている。

 コンパクトではありながら、出版や表現について考え込む材料には事欠かない。本全体で「ヘイト本」に「NO!」をつきつけることでは一貫していても、読み手にクリアな結論は出ないし、出るわけもない。

 冒頭、関東大震災での朝鮮人虐殺を描いた『九月、東京の路上で――1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから)の著者・加藤直樹の、「私たちもまた、現代の『八月三十一日』に生きている」という発言は痛烈だ。

 関東大震災が起きる前日、1923年8月31日には、翌日大地震が起きて流言が広がり数千人の朝鮮人が殺されるとは誰も予測していなかった。レイシズム的な言葉が街頭で発せられる今日、いまが「現代の八月三十一日」なんて大げさすぎると一笑に付すことができるのか……。

 さて、副題に「出版の製造者責任」とあるように、本書は一義的には版元の責任を問うている。

 出版社につとめる人からは、出したくないけど売れるから出さざるを得ない、という忸怩たる声が紹介される。一方で、「差別や憎しみを飯の種にしたくない」というコメントもあった。

 だけど、売れるから出すんだ、売れればいいのか、という対立軸は次の指摘を前にするとあまり意味がなさない気がする。

 『「在日特権」の虚構――ネット空間が生み出したヘイト・スピーチ』(河出書房新社)の著者・野間易通によれば、90年代の「歴史教科書をつくる会」の活動や「WiLL」をはじめとした雑誌を舞台に、長い間にわたって書き手・読み手の双方によって築きあげられたカルチャーが、いま最盛期を迎えているというのだ(なお、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の会長がホームページを開設したのが2003年、その2年後には『マンガ嫌韓流』が刊行)。

 こういう長期の根深い文脈でいまを見れば、「ヘイト出版」は一過性にすぎないだの、一時の売れ行きが鈍ってきただのと言うのは楽観的にすぎるということだろう。だから、たんに「カウンター」として「リベラル系」の本をたくさん出せば解決するという話でもないのだ。

 版元の次は書店の問題。「書店はメディアだという思いで棚を作っている。売れているから、それだけで前面に出すつもりはありません」「(書店は)表現の場」という社会科学書担当の声があった。「補充発注は決してしません」とも。

 以前、人文書に強いある書店のベテラン店員さんから「愚書は棚の目立たないところに置くようにしています」と聞いて「あっぱれ!」と感心したことがある。こういう書店は魅力的だ。でも、そこまで覚悟を決められる書店は実際そう多くない。

 逆に、「書店の棚は社会の反映だから、そのまま並べるしかないのですよ」と大規模書店の責任ある立場の方から伺ったこともある。本書の、「いかなる本も商品である以上……本だけが資本主義の枠を超えられるわけでは断じてない」という店長のコメントにもうなづくしかない。

 ヘイト本に対抗するような本も並べろ、という主張も紹介されているが、「バランスをとるほどの反対意見の書籍があるか」という反論もただちに出て、これまたうなづくしかないのだ。

 話はそれるが、でも多少はバランスもとれよ、と言いたくなることもある。ヘイト本ではないのだけど、2014年の秋ごろから「反日」「売国奴」といった大見出しで特集を組む雑誌が急増した(底流ではヘイト本と明らかにつながっている)。都内のメディア関係者の客が多い書店では(三省堂ではありません。念のため)、レジカウンターの目立つところに、こうした月刊誌のみ3種類積んでいた。面と向かって文句をつける度胸もない僕はやっぱり舌打ちするしかなく……。

 さて、この本に戻ると、出版関係者の決意と同じくらい苦悩も満載で、一筋縄ではいかない本だよなあ、書評も書きにくいよなあと思いつつ(言い訳しつつ)、見直したらオビにこうあった。

 「本をつくる人へ/本を売る人へ/そして、本が好きな人へ/「思考停止」しないための一冊」

 そう、「つくる人」「売る人」「好きな人」はぜひ! 「思考停止」を許さない厳しい一冊であるけれど。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・WEBRONZA

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史―恐怖と快楽のフィルム学―』、中島岳志『秋葉原事件』など。