2015年01月30日
個人的な関心から2014年の総括と2015年の展望を行なえ、との依頼である。
いきなり宣伝めいて恐縮だが、私のはじめての単著が出た(大澤聡『批評メディア論――戦前期日本の論壇と文壇』岩波書店)。ここWEBRONZAの連載「ジャーナリズム史の再点検」で断片的に書き継いできた内容も部分的に盛り込んだ。
その第4章は「人物批評論」と題されている。昭和戦前期に盛り上がりを見せた人物批評という記事フォーマットを分析した章だ。このへんから話をはじめてみよう。
現代は「どういふ理論が正しいかといふことよりも、誰が現実社会を支配するかといふことの方が、ずつと重大なる関心事である」。
「関心」を集めるのは、「誰が」(=主体)であって、「理論」(=内容)ではない。むしろ、内容は放置されがちになる。
この傾向は「財界、政界、軍部等といつたやうな現実的な方面」に限定されない――「軍部」が問題に浮上するあたりはこの時代の記事ならでは。「文化的分野」にも波及する。そうした世間の関心を汲みあげ、特定人物を主題とした批評文が大量に発表される。
その結果、1934年の日本のジャーナリズム全域を特徴づける「人物評論の流行」現象が確認された。1935年に入っても、なお「流行」は沈静化することなく継続する。
人物という観点から時代状況を診断する。そうした言論潮流が広く観察された。「人物評論の流行」はその象徴的事例だ。大宅は別の論説で流行現象を指してこう呼んだ。「人物論時代」、と。
こうした時代認識は大宅壮一にかぎらない。多くの評論家たちが同様に察知していた。
たとえば、杉山平助。もともと杉山は文芸評論家としてキャリアをスタートしたが、この頃になると社会領域全般に批評の対象を広げていた。
その活動領域の拡張も人物を焦点におくことで可能となったものだ。「現役政治評論家を批判す」と題した1934年末の論説のなかで、「人間的現実が最も重要視される」時代だと断定する。それゆえ、「人物論」が盛んに求められるともいう。
ちょうど80年前のこうした一連の論議に現在の状況を重ねあわせてみたくなるのだ。私たちは「人物」の話ばかりしていないだろうか。
娯楽コンテンツの世界でも学問の世界でもよい。内容以前の「誰が」の部分にばかり注目が集中し、消費される。そこでは、作品の水準が吟味されているようでいて、じつのところ、人物や固有名の問題が評価の中心にするっと忍び込んでしまう。主題にすり替わってしまう。
政治の世界で考えてもよい。私たちは政策内容とその論理的な根拠(大宅のいう「理論」)そっちのけで政治家論にばかり時間を費やしていないか。
「人物」に興味が殺到する。ちなみに、80年前には、阿部真之助や馬場恒吾、佐々弘雄、御手洗辰雄といった論客による政治家論が量産され、無視しえぬ影響力を発揮したが、それらに相当するタイプの議論も私たちはもっていない。政治家論にもならない卑俗的な関心に基づいたコメントが跋扈する。渦中の人物のプライベートな情報を詮索する猥雑な商品空間がそこには開かれているだけだ。
今度の新刊の作業に追い込みをかけつつ、画面や紙誌面を横目に、そのことを考えていた。もちろん、これは2014年にかぎった話ではない。どの時代にも見られた現象だ。「誰が」を最重要視する判断枠組は日本的伝統なのだろう(前近代/農村型の閉鎖的な地域共同体の延長)。だが、それにしても――。
ここでは数回に分けて、「財界、政界、軍部等といつたやうな現実的な方面」ではない、より身近なケースから議論を進めてみようと思う。「現実的な方面」に関しては誰もが指摘するところだろうから。
2014年、とりわけ上半期には、その強烈な個性で巷間の話題をさらってゆく人物が続々と登場した。連日、ワイドショーや週刊誌を賑わし、インターネット上にはそれを利用したコラ画像(対象を茶化すコラージュ写真)の類が大量に出回った。Twitterやまとめサイトを媒介に拡散する。そして、そのつど新たな変形をこうむる。
記者会見などの模様はテレビ中継の数時間後には動画共有サイトに違法アップされ、数日後には、それらをサンプリングしたMAD動画と呼ばれるおふざけコンテンツに仕立て上がる。サンプリングが次なるサンプリングを招く。元ネタと加工ネタが交錯する。
かくして、渦中の人物の実存から一定程度は切断されたキャラが次から次へと産み落とされていった。
キャラ同士の架空のコラボレーションもそれに拍車をかける。ディープなネットユーザーはそうした二次創作物と重ねあわせるかたちで現実世界をヲチ(=ウォッチ)し続けるだろう。各事件の問題の核心部は括弧に繰り入れられ(場合によっては何が問題かはすっかり忘れ去られ)、とにもかくにも、ネタとしての人物=キャラが次々と消費されていく。
もっとも長期にわたり話題となったのはSTAP細胞問題の小保方晴子氏だ。次項ではここに焦点をあてよう。
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