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[29]第6章「<遠郊>の憂鬱(5)」

木更津のユートピア

菊地史彦

 80年代の代表的な「民活プロジェクト」のひとつ、東京湾横断道路(アクアライン)は、1989年に着工され、1997年には全線が開通した。

 神奈川県川崎市と千葉県木更津市を約10分で結び、首都圏の渋滞を大幅に解消する切り札として期待されたが、高額な通行料のせいで利用者が低迷した。期間限定も含め、数次に及ぶ料金値下げを行ったが、いまだに投資回収のめどは立っていない。

 そのアクアラインを遠望する木更津の海岸に、掘立小屋のような居酒屋「野球狂の詩」がある。店のマスターは、アフロヘアの子持ちで、木更津第二高校野球部のOBである。

 この店には、彼の同輩たち――2年前の夏、県大会の決勝で敗れた野球部の仲間――が、足繁く立ち寄り、ビールをあおりながらバカ話に興じる。彼らは、卒業後も草野球チーム「木更津キャッツ」をつくり(その裏組織は「キャッツアイ」という泥棒チーム)、仲良く“つるんで”いる。

 床屋の息子、ぶっさんこと田淵公平(岡田准一)は、元キャプテンでキャッチャー。呉服屋のせがれ、バンビこと中込フトシ(櫻井翔)はピッチャー。サードを守る金髪の佐々木兆(塚本高史)の実家は写真館。彼は、野球のうまい弟がいるせいで、たんにアニと呼ばれている。うっちーの愛称を持つ内山はじめ(岡田義徳)はショート。吃音で素性がはっきりしない不思議なキャラクターである。そして、「野球狂の詩」のマスター、岡林シンゴ(佐藤隆太)は、その通りマスターと呼ばれ、ファーストを守る。

 マスターは別として、定職に就いている者はいない。バンビだけが大学に通っている。彼らが、自身を宙づりの状態に置いて、自己決定を回避しているのは、誰の目にも明らかだ。

 TVドラマ『木更津キャッツアイ』は、2002年に放映された。『池袋ウエストゲートパーク』(2000)で一躍脚光を浴びた、宮藤官九郎のオリジナル脚本である。プロデューサーの磯山晶(あき)によれば、放映当時はさほど視聴率が高くなかったようだが、後にDVDがヒット、ロケ地の木更津は「聖地」化され、多くのファンが訪れたという。

ロケに使われた「バーバータブチ」拡大『木更津キャッツアイ』のロケに使われた「バーバータブチ」=2006年
 全9話に緊密なつながりはないが、初回から最終回までを貫いている一本の筋は、主人公であるぶっさん・公平の死である。

 彼は、悪性リンパ腫で余命半年と宣告されており、その“未来の死”がドラマに陰影と緊張をもたらしている。いわば、宙づりを満喫していた青年が、突如別の宙づりに苛まれることになったのである。仲間たちは、そんな公平を活気づけるために、あれこれの騒ぎを巻き起こす。

 また、5人の若者たちの周囲には、奇妙なジモトの大人たちが跳梁跋扈して、スラップスティックな雰囲気を盛り上げる。

 オジーと呼ばれるホームレス(古田新太)、裏社会につながる野球部の先輩たち(山口智充・阿部サダヲ)、不安定な心身をかかえる高校教師、美礼先生(薬師丸ひろ子)、ストリップ劇場のベテランダンサー、ローズ(森下愛子)、息子と名前で呼びかわす公平の父、公助(小日向文世)、男色家の事業家(ケーシー高峰)……。彼らこそ、宮藤の<遠郊>イメージを支える“濃い”ジモト人たちである。

 同じジモトものとはいえ、『池袋ウエストゲートパーク』にちりばめられていた暴力的な要素は――オジーの惨殺以外には――あまりない。池袋の街をまるで揉み合うように駆け回っていた、カラーギャング(都市型不良グループ「チーマー」の派生型)と暴力団、殺人鬼と警察は、木更津にはいない。暴走族はエピソードの一部として登場するが、どちらかといえば過去の遺物として扱われている。

 ドラマの基調は、<遠郊>の倦怠に満ちた穏やかさであり、いわばゼロ年代のユートピアである。

 そして、人気をじわじわ押し上げていったのは、宮藤脚本の凝った構成(野球にちなんだ「表」と「裏」の二部構成)や、サブカルの無数の引用とパロディ(最も重要な引用は、オジーの死んだ兄に重ねられたあだち充の『タッチ』)や、金子文紀、片山修らの軽快な演出だけではない。視聴者の共感を得たのは、ジモトに居残って、野球と泥棒で遊びつづけ、人生の選択を先送りする若者たちの、底抜けではない明るさだった。

 第3話で、皆が東京へ合コンに出かけようとすると、公平は、初めて東京へ行くのだと言って、メンバーを驚かせ、「行こう行こうと思うんだけど、なかなか難しくて」と弁解してみせる。

 このセリフに見られるように、木更津の若者たちは、東京に強く憧れることはないかわりに、それをことさら嫌うこともない。東京はもはや接触せずに済ませられる場所ではないからだ。

 ただし、そのことを重々知りながら、彼らは慎重に東京との距離を確保する。東京との曖昧な関係を続けるのは、彼らが宙づりのままで痛痒を感じないのと、ほぼ同じことを指している。

 評論家の大塚英志は、『木更津キャッツアイ』が、押井守のアニメ作品『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』(原作:高橋留美子、1984)の ・・・続きを読む
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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) 

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立し、企業の組織課題やコミュニケーション戦略を中心にコンサルティング活動を行なう。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役。国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『情報文化の学校』(共著、NTT出版、1989)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)がある。