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[3]ネット動画もまたアイドルの「現場」である

森高千里、初音ミク、でんぱ組.inc、藤咲彩音……

太田省一 社会学者

 161曲。森高千里がセルフカバーし、2012年7月以来Youtubeにアップした曲の数である(2015年3月2日現在。公式チャンネルのURLはhttps://www.youtube.com/user/moritakachannel)。「200曲セルフカバー企画」ということなので、これからまだ約40曲がアップされる予定だ。

 過去の自分の持ち歌を新たに録音し直す歌手は珍しくない。しかし、これだけ多くの曲をネット動画として公開するというのは前例のない試みだろう。

 例えば、森高千里ブレイクのきっかけになった『17才』(これも南沙織の同名曲のカバーであることは有名だ)は、55曲目にカバーされている。

森高千里ブレイクのきっかけになった『17才』拡大森高千里『17才』=公式チャンネルより 
Chisato Moritaka Official YouTube Channel
 当時の振り付けを再現しながら観客(この時は公開収録)の目の前で歌う森高千里の映像には、年齢を重ねてにじみ出る落ち着きと昔のままの若々しさが同居していて、音源だけのカバーにはない味わいがある。

 今回は、森高千里のこのセルフカバー企画を導きの糸にして、ネット動画と現在のアイドルシーンの関係について少し考えてみたい。

 振り返ってみれば、1987年デビューの森高千里は、それまでにいなかった“映像で売れたアイドル"だった。

 初期のヒット曲『ザ・ストレス』では、彼女自身の体験を赤裸々に綴った自作の詞も注目されたが、何と言ってもアイドルファンの心をつかんだのは、彼女がウエイトレス姿に扮したプロモーションビデオ(PV)だった。

 その後のPVでも森高はさまざまなコスプレを披露し、そんな彼女の姿を収めたビデオクリップ集をファンは競うように求めたものだ。

 私もその一人だが、当時そのような人気の出方は珍しかった。今ではアイドルがYoutubeなどに新曲のPVをアップするのが当たり前のことになっているが、その流れは元をたどれば森高千里に行きつくはずだ。だから、今回森高千里がセルフカバーをネット動画としてアップするのは、アイドル史的には何ら不思議な事ではない。

 また森高千里のコスプレ感やフィギュア感(「森高人形」に宅八郎という取り合わせも懐かしい)には、初音ミクに通じるものが感じられる。

ネット時代を先取りした森高千里

 ご存知のように、初音ミクについては、一定のガイドラインのもと二次創作が許されている。ネットユーザーは、初音ミクに合わせたイラストやアニメーションを創作して楽しむことができる。またファンが初音ミクのコスプレをしたり、フィギュアを制作・鑑賞したりして楽しむことが、ファンとしての活動の重要な一部になっている。

 こう考えてみると、森高千里は、ネット時代をいち早く先取りしたようなアイドルであった。例えば、「ニコニコ動画」に投稿されたこんな動画からも、森高千里とネットの相性の良さがうかがえる。

 それは、『【初音ミク】私がオバさんになっても【替え歌・コミケver】』と題された動画である。

 やはり森高の作詞によるヒット曲『私がオバさんになっても』の替え歌で、二次元キャラや声優に夢中な彼のことを彼女がちょっと心配するという内容の詞だ。最後に「ニコ動」を持ってくるオチも効いている。

 聞いてみると、歌詞の内容だけでなく声のトーンなども含めて、森高千里、初音ミク、オタク文化という組み合わせがとてもしっくりくるのに驚く。

 この動画の投稿は2008年のこと。かなりさかのぼるが、それだけ当初からネット動画の世界と森高千里の間には引き寄せ合うものがあったということでもあるだろう。

 かつて1980年代に松田聖子や中森明菜などが活躍したアイドル全盛時代があった。その時のアイドルにとっては、テレビが活動の中心の場だった。ファンの側から言えば、テレビを通してである分、アイドルとの間には一定の距離感があった。その意味で、アイドルとの関係は間接的なものだった。

 それに対し現在のアイドルは、ライブ活動に重心がある。AKB48にしても、ももいろクローバーZにしても、小規模な劇場や路上などでのライブから活動をスタートさせ、現在の地位を築いた。

 ファンの側も、ライブに代表されるようなアイドルのパフォーマンスに参加できる場を「現場」と呼んで重視する。それだけアイドルとファンの関係は、直接的なものになっている。

 しかし、ファンの直接参加の場という意味なら、ネット上にも「現場」は存在するのではなかろうか。

 例えば、ネットに生番組を持つアイドルは多い。そうした番組は、ファンから寄せられるコメントやメッセージをもとにコミュニケーションをとりながら進められるのが通例だ。

 鑑賞するPVがテレビ的だとすれば、こうした参加型のネット番組はラジオ的である。しかもリアルタイムでアイドルとファンのコミュニケーションが展開していくという意味では、より参加感覚は強い。

 最近は、そうした点を意識したようなサイトも登場している。参加しているユーザーをアバター化し、画面上にバーチャルなライブ空間を出現させるSHOWROOMなどが典型だ。

 さらに言うなら、初音ミクに代表されるVOCALOIDは、楽曲や映像の制作面までもユーザーが担う直接参加型のアイドルと言うことができるだろう。

 そしてそのようにしてユーザーが作った動画の画面には視聴するユーザーのコメントが躍り、祝祭的なコミュニティが生まれる。見方によっては、これこそが究極の「現場」であるだろう。

 またこの「現場」は、さらに別の動画の「現場」を生み出す。「歌ってみた」や「演奏してみた」などの一連の「~してみた」動画である。

 その中に「踊ってみた」動画がある。 ・・・続きを読む
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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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