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[書評]『このミステリーがひどい!』

小谷野敦 著

上原昌弘

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ミステリー好きにこそおすすめの、まっとうなガイド  

 この本の悪評はすごくて、本稿執筆時で、Amazonの星は2つ(平均)、レビューが13個もついた上での惨状なので、「こんな本をすすめるのはどうかしてる」と思う人もいるだろう。

『このミステリーがひどい!』(小谷野敦 著 飛鳥新社) 定価:本体1500円+税拡大『このミステリーがひどい!』(小谷野敦 著 飛鳥新社) 定価:本体1500円+税
 だが実際に読んでみて驚くことに、意外にもまっとうなミステリー批評なのである。

 自慢ではないが私はこれまで5冊ほどミステリー・ガイドの編集を担当してきたし(そのうち1冊は3万部くらい売れた)、ミステリー評論家とのつきあいは20年以上にのぼる。

 作家とのつきあいも辛うじて継続中なので、半分「ミステリー業界の中の人」と言っていい。その私が「悪くない」と言っているのだから、ちょっとは信用してほしいのである。

 なんといってもこの本がすごいのは、推理小説のオチまで書いていることである。

 それも別に無理に結末を明かしているのではなく、文章の流れからいって必然性のある場合のみなので、あざとさは感じない。

 そもそも、結末も含めての小説という形式である。オチに触れてはいけないという縛りがあったら、小説を論じることなどできるわけがない。

 オチが明かされたら読む気がしなくなる、という作品は、その時点で小説じゃない。クイズであり、なぞなぞである(最近は映画批評でも、オチを書かない風潮があるそんな縛りがあったんじゃあ、本当の批評なんてできるわけないじゃないか、と川本三郎氏と大林宣彦氏は言っている、ような気がする)。

 以下、内容を簡単に紹介していこう。

 第1章「いかにして私は推理小説嫌いになったか」では、著者が子供の頃からどう推理小説に接してきたかが書かれている。小谷野ファンなら知っている話も多いが、この人の文章はうまいので何度読んでも面白く感じる。

 実質的にミステリーに目覚めたのは「刑事コロンボ」であると書いてあって、そのノベライゼーションについても触れている。「刑事コロンボ」はおそらく刑事ドラマの史上最高峰なので、これが最初だとすると、あとで読む推理小説がすべて「コロンボ以下」になるのは、当然である。

 第2章は「素晴らしき哉、『ロートレック荘事件』」である。この章はいわゆる「ミステリーの名作」群への怒りが沸騰している。

 私も『アクロイド殺人事件』(アガサ・クリスティ)には激怒したクチで、それもオチに怒ったのではなく、「ここまで我慢してつまんない話を読んできたのに、やっぱこれかよ!」という、むしろ作品のレベルの低さへの怒りであった。

 ミステリー三大奇書(『ドグラ・マグラ』〈夢野久作〉、『虚無への供物』〈中井英夫〉、『黒死館殺人事件』〈小栗虫太郎〉)にも喧嘩を売っているが、私もまったく同感である。

 というか、この三大奇書および『赤毛のレドメイン』(イーデン・フィルポッツ)への悪口は、新宿の酒場におけるミステリー評論家の定番の肴なので、さほど驚きはない。

 筒井康隆の『ロートレック荘事件』への賛辞は私も惜しまない。しかし名作中の名作『幻の女』(ウイリアム・アイリッシュ)の評がないのはどうしたことであろうか。ヒロインの貞操の危機の場面もあるし、小谷野さんはきっと好きだと思うのだが(私は大好きです)。

 第3章「『旧本格』の黄昏と古典化」は冒険小説やエラリー・クイーン批判。きわめて真っ当。Amazonレビューで「本格」が「旧本格」と書かれていることに噛み付いた人がいたのにはびっくり。別にいいじゃないですか。

 第4章「松本清張、長編はあかんかった」。表題には同感だが、西村京太郎への高評価が意外であった。同じ西村なら、私は、酒乱で性格破綻者の寿行のほうがはるかに好きだったのだが。

 第5章「SF『小説』は必要なのか?」を読んで、いわばSF門外漢の小谷野さんの疑問が、「SF界の中の人」とまったく同じなのが面白かった。

 SFファンは世代的に星新一(1926-1997)からアプローチすることが多いので、フレドリック・ブラウン(1906-1972)やロバート・シェクリイ(1928-2005)、レイ・ブラッドベリ(1920-2012)の短編に惑わされて、そこに未来があるかのように錯覚してしまうのである。

 第6章「ああ、愛しのバカミス」は、表題通りではなく、「バカミス」をバカにしている。「バカミス」という語の生みの親である小山正らもなかなか言えなかったことを、はっきり言っている。

 第7章「人気作家はどのような人たちなのだろうか」は、最近の流行作家を駆け足で読んでみた、という章。

 ここで伊坂幸太郎が論じられていないことを問題視する人がいたが、私は桐野夏生の作品が触れられていないことが気になった(評者として名は出てきた)。しかし一冊の本でそこまで網羅することは無理だし、むしろ外されている(食指が動かなかった)こと自体が、批評なのである。

 この本への悪評のなかには、著者の事実誤認を指摘する声もあった。見逃した編集者を叱責して「何してる!」と怒る声も当然あった。

 いや、しかし、「中の人」として、編集者をムリに弁護すると、なぜだかワカランのだが、ミステリー批評には、評者が書いたらもうそれは信用するしかない、という空気があるのである(ちなみに、版元の飛鳥新社のサイトに、正誤表が掲載されているので、参照されたい)。

 この本は最後に、素晴らしいプレゼントを読者に用意してくれている。著者による推理小説ベストセブンである。著者に倣ってオチを明かしてしまおうかとも思ったが、それはこの本を買ってみてのお楽しみ、としておこう。

 ともかくも、この本はミステリー好きの期待を裏切らない良書である。本当に「ひどい!」のは、つまらないのに名作の顔をしている作品のほうである。ミステリー嫌いではなく、ミステリー好きにこそおすすめしたい一冊なのであった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

上原昌弘

上原昌弘(うえはら・まさひろ) 編集者・七つ森書館

1961年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒。大学時代、産経新聞と北海道新聞と新書館(後に入社)の3社かけもちで働く。卒論はヒッチコック。月刊コミック誌、バレエ雑誌、思想誌『大航海』などを編集。また書籍では、川本三郎『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞受賞)、『小津安二郎全集』、『車谷長吉全集』(いずれも新書館)などを編集。3・11の大震災の日に辞表を提出、いまの会社は3社目。