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[書評]『沖縄のことを教えてください』

初沢亜利 著

小木田順子 編集者・幻冬舎

「こうであってほしい沖縄」を裏切る写真集  

 2012年12月に写真集『隣人。38度線の北』を刊行した著者が、戦後70年を前に、次の被写体に選んだのは沖縄だった。

 「諸外国から見て、日本が戦後を克服できていないと目される、未解決の問題が二つある。一つは北朝鮮との国交正常化。いま一つは、沖縄にある米軍基地の過剰負担の解消だ。その意味では、北朝鮮での経験を踏まえ沖縄へ向かうことは、私にとって自然な流れだった」

『沖縄のことを教えてください』(初沢亜利 著 赤々舎) 定価:本体1980円+税拡大『沖縄のことを教えてください/ Let us know about Okinawa』(初沢亜利 著 赤々舎) 定価:本体3800円+税
 カバーにも使われている巻頭の写真は、青い海ではなく紺碧の夜空。

 「エイサーとは沖縄式不良更生プログラムである」というキャプションが付されたのは、エイサー祭りの練習風景。

 スタバに集まって就活のエントリーシートを書いているのだろうか、リクルートスーツ姿の女子専門学校生。

 辺野古沖で海上保安庁に拘束される抗議船。親族一同が会した久高島の旧正月。

 そして辺野古ゲート前でライ・インする人々……。

 本書では、それらの写真が、ミュージック・アルバムをシャッフルして聞いているかのようにランダムに現れ、「沖縄はこうであってほしい」という、見る側のイメージが次々と裏切られていく。

 本土とは違う時間の流れる「癒しの島」だと感じた次のページには、人口で日本全体の1%、面積では0.6%にすぎない地に在日米軍基地の74%を抱えた「基地の島」が現れる。

 そしてそこに何がしかのメッセージを読み取ろうとすると、次の瞬間には、言われなければここが沖縄だとは分からない「現代日本のどこにでもある場所」でしかない沖縄が現れる。

 新たなテーマとして沖縄を選んだのは自然の流れではあったが、著者は、沖縄に何の憧れもなく、沖縄料理も好きでなく、沖縄のことをほとんど何も知らなかったという。

 本書の沖縄が、ひとつのイメージに収束しないのは、憧れも知識も持たずに移り住んだ著者が、好奇心の赴くままにシャッターを切り、戸惑い、ときに葛藤しながら、沖縄に深くコミットしていく足跡を、そのまま映し出しているからではないだろうか。

 著者が、東京での商業カメラマンとしての仕事をすべてなげうって沖縄に居を移したのは、2013年11月だった。

 年明け2014年1月の名護市長選では、普天間基地の辺野古移設反対を掲げた稲嶺市長が再選。8月には、辺野古沖のボーリング調査が前倒しされて始まり、11月には「オール沖縄」を旗印に移設反対を公約に掲げた翁長氏が県知事選で大勝。直後の衆院選では、基地反対派の候補が選挙区で全員当選。

 著者が沖縄に住んだ1年3カ月は、沖縄のニュースが本土メディアでも大きく取り上げられるようになった時期とちょうど重なり、当然、著者もその渦に巻き込まれていく。

 巻末には、写真集としては異例の長文エッセイが付されている。ここで著者は、沖縄の基地過剰負担は少数民族差別の問題であると断じ、「反原発・反安倍・反基地」をセットにして辺野古を訪れて「なぜ地元沖縄の人がこんなに無関心なのか」と非難する「本土左翼」への、ウチナンチュの怒りを代弁する。

 エッセイでは、写真が映し出すのとは違う沖縄が、言葉によって描き出される。

 そして写真が描く沖縄と、言葉が描く沖縄は、補完的に説明し合っているのではない。別人格を持った二人の「初沢亜利」という表現者がいるかのように、それぞれが自律して存在し、本書全体として、複雑な沖縄を複雑なままに(←著者と対談した津田大介氏の言葉)、美しく面白くジャーナリスティックに描くことに成功している。著者の仕事が、日頃写真集など手に取ることがない読者も惹きつける理由は、そこにあるのだと思う。

 本書最後の写真には「那覇セルラースタジアムで開催された県民大会。3万5000人が集結し、辺野古新基地建設阻止の意志を確認した。2015.5.17」というキャプションが付されている。青字に「屈しない」の文字が白抜きされたプラカードが美しい。圧倒的な迫力だ。

 そしてエッセイを読み終えて、この写真を見返すと、迫力はある種の威圧感に変わって、そこに映っている一人ひとりの視線が、私を射る。

 ここには、戦後70年という節目のときの、沖縄の空気が封じ込められている。私が、いま実際に現地に行って目にすることができるものより、はるかにリアルな沖縄を教えてくれた著者に、心から感謝したい。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。