節目の年に強く心を揺さぶられた作品
2015年12月31日
戦後70年、そして安保法案の強硬な成立に揺れた1年だった。そんな節目の年、戦争や時代を見据えた舞台作品に強く心を揺さぶられた。
1) 劇団チョコレートケーキ『追憶のアリラン』(古川健・作、日澤雄介・演出。2月9~19日、東京芸術劇場シアターイースト)
戦時中から戦後にかけての朝鮮・平壌を舞台とし、終戦を境に日本人と朝鮮人の力関係が逆転する中で起きたドラマを、抑制の利いたタッチでテンポよく描き出した。
戦時中、朝鮮総督府に検事として赴任した豊川(佐藤誓)は正義感の強い人物で、日本人も朝鮮人も対等に扱う。しかし、朝鮮人を見下す憲兵隊長(佐瀬弘幸)の圧力を受け、抗日運動家が紛れているとの理由でキリスト教徒らの逮捕にやむなく同意する。
終戦を迎え、「正義」が反転する。
くだんの憲兵隊長は早々と朝鮮を逃げ出し、豊川は捕らえられて人民裁判にかけられる。
とりわけ、かつて日本軍に拷問され、抗日戦線に身を投じていた人民裁判取調官(西尾友樹)は憎悪をむき出しにして、豊川を指弾する。
検事の豊川、憲兵隊長、人民裁判取調官の三者は、立場上、典型的な人物だ。
人間的な豊川に対して、戦時中は朝鮮人を侮蔑し、戦後は国政に打って出る憲兵隊長は唾棄すべき人物として対比的に描かれている。一方、憎しみをたぎらせる人民裁判取調官もやはり、「民族」に拘泥している。
しかしながら、この物語では終盤、三者の図式を超える思わぬ働きが起こる。
終戦直前、豊川は部下であった朝鮮人事務官・朴(浅井伸治)に妻子を託して、南に逃げるように依頼する。
朴はその妻子を京城(現・ソウル)まで連れてゆくが、その途中で病気だった子供の一人を亡くしてしまう。朴は、約束を果たせなかった「友人」のために、いったんは自分も安全圏に逃げながら、反日感情が渦巻く平壌に舞い戻って豊川を救うためにできる限りの働きかけをするのだ。
この朴の無私の行為が美しい。ここには「民族」を超えて、「友人」のために尽力することの尊さが明快に謳われている。戦争を描きながら、日本人か朝鮮人かといった「民族」単位の発想ではなく、「個人」として捉えようとする、しなやかな批評精神がある。
同劇団は史実に材を求めることが多いが、この作品は完全にフィクションであり、日本が南北に分かれて戦争を始めるとの設定だ。
1950年、「北」はソ連を後ろ盾に、「南」はアメリカに庇護されながら、戦闘に突入した。
ある県の人里離れた集落では2軒の農家しかなかったが、たまたまその間に国境が引かれた。両家は親戚同士であり、戦争をよそに協同で農業を続けた。一人ずつ配置された「北」と「南」の国境守備兵も何をするでもなく、のどかな監視に明け暮れている。
ところが、入隊していた「北」の息子が脱走してきたことで問題が生じる。
その間、戦況は刻々変化し、「北」の進撃により戦線はいったん南に寄り、次いで「南」が押し返して戦線は北に移動していた。息子は「南」に亡命したいと言い出し、仲のよかった兄弟・親戚が喧嘩を始める。
しかしながら、「北」と「南」の兵士が本隊に戻ると、両家は和解し、再び平穏が訪れる。ある日、終戦の報が入るが、この時のエピソードが痛烈な皮肉を帯びている。
この舞台もまた、「個人」や「家族」の前に「国境」がいかに無意味なものであるかを描破している。
チョコレートケーキのメンバー、近藤芳正のほか、戸田恵子、高田聖子ら芸達者なキャストが揃い、笑いも醸し出していたが、この題材でこのメンバーならもっと舞台を弾ませられるはずだ。古川・日澤コンビの今後の課題は、喜劇性の扱いだろう。
2)俳優座『ラスト・イン・ラプソディ』(美苗・作、原田一樹・演出。11月18~29日、東京・六本木の俳優座劇場)
生活保護受給者やホームレスなど、普通の診療を受けられない患者たちを受け入れている岡本診療所が舞台。
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