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[書評]『震災編集者』

土方正志 著

野上 暁 評論家・児童文学者

混迷する出版界にとって根源的で貴重な提言  

 「震災編集者」は、「災害編集者」でもあった。本書の著者・土方正志は、雲仙普賢岳噴火、奥尻沖津波、阪神・淡路大震災、有珠山噴火、三宅島噴火などの自然災害を取材し、記事を書いたり本にまとめてきた。

『震災編集者――東北の小さな出版〈荒蝦夷〉の5年間』(土方正志 著 河出書房新社) 定価:本体1600円+税拡大『震災編集者――東北の小さな出版〈荒蝦夷〉の5年間』(土方正志 著 河出書房新社) 定価:本体1600円+税
 本書でも触れているが、阪神・淡路大震災で被災した〈お食事処てつびん〉をいち早くプレハブで再建開業する、元気なお婆さんを追った写真絵本『てつびん物語――阪神・淡路大震災 ある被災者の10年』(偕成社)は、強く印象に残っている。

 『別冊東北学』の編集に関わったことがきっかけとなり、仙台に小さな出版社「荒蝦夷」(あらえみし)を立ち上げ、『仙台学』『盛岡学』などの雑誌を創刊してきた土方正志は、東日本大震災で、自宅マンションが全壊する。

 事務所は何とか無事だったものの、本棚は倒れ、パソコンは宙を飛び、ライフラインも通信も途絶し、食糧不足と燃料不足が追い打ちをかける。

 共同経営者も実家が全壊。気仙沼市出身のアルバイトの女性は、津波で父親を失う。

 「荒蝦夷」は直販制で、東北を中心に全国の書店と取引してきたが、商品の発送もできない上に借金もあるから、立て直しも難しい。被災直後は会社の解散も考えたという。

 そんなとき、「東北学」の主唱者で民俗学者の赤坂憲雄が中心となってライターや編集者と連絡を取り物資を手配、著者は車やガソリンも提供してもらって、「荒蝦夷」のオフィスを山形に避難させる。

 山形では、著者の呼びかけに呼応して、市内の書店が「荒蝦夷支援ブックフェア」を開催してくれた。これがネットで紹介されたため、各地の本屋さんが「荒蝦夷」ブックフェア―を催し、読者からも様々な支援があった。

 そういった励ましに応えるかのように再開を決意し、「荒蝦夷」は震災から1カ月後の4月には早くも業務を開始するのだ。

 避難生活を送っているなかで、編集者から被災体験を書いてほしいという依頼がくる。しかし著者は「書けない」と断り続けた。被災者として自分を語るのにためらいがあったといい、距離感がつかめなかったともいう。

 旧知の編集者から「全国の被災地を見てきたあなたが自ら被災者となって何を思うか、それを書くのがあなたの役目じゃないか」と責められる。

 また、新聞社やラジオなど、被災地のメディアがいかに対応したかの本はあるが、被災地の出版社が何をしたかの本はない、という編集者の言葉も心に突き刺さる。

 こうして『出版ニュース』(出版ニュース社)と『ちくま』(筑摩書房)への連載がスタートし、これを見た新聞や雑誌から寄稿依頼が殺到し、それらに書き続けた原稿をまとめたのがこの本である。

 まずは、震災前から一緒に仕事をし、酒を飲みかわしてきた仲間たちの、災害の記憶を記録しようとする。

 津波に押し流されながらシャッターを切り続けた河北新報のカメラマン。「荒蝦夷」の初代アルバイトだった仙台のアパートに暮らす24歳の青年は、気仙沼の港の近くに勤めていた父親を津波で亡くす。

 2012年3月から始まった連載では、震災後の編集者としての企画や仕事のエピソードから、被災地の書店を訪ねた話、震災と重なる本の話題、震災関連ブックフェア、被災者の生き様、「遠野物語」と被災地の怪談、帰還困難区域の話や、東北の島尾敏雄の話、東北在住作家の話題、ネパールの大地震と仙台のネパール人の復興支援などなど、「震災編集者」の日々が綴られる。

 本書を読んでいると、連載中にライブ感覚で読んだ記憶が鮮明に蘇る。

 様々な死者の記憶とともに、著者自身の父親の天寿を全うした死も挟まる。震災のあった年の晩秋には、吐血したともいう。ストレスだったのだ。おまけに2012年には軽い交通事故にもあったという。

 著者は、「この災害列島に生きる『明日の被災者』たる人たちへのささやかな伝言になればそれでいい」という。

 巻末に記された「荒蝦夷―2011年3月11日以降の刊行物」のラインナップとその点数の多さには圧倒される。

 東北在住の作家やジャーナリストが協力執筆した災害の記録『仙台学vol.11 東日本大震災』は、なんと震災から1カ月と2週間後の4月26日に刊行されている。地域出版社の底力である。

 そしてまた、この本は出版社が果たすべき役割や、これからの出版社や編集者の在り様をも示唆する。書店や読者との関わり方も含めて、混迷する出版界にとっての根源的で貴重な提言ともなっているのだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。