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[書評]『無戸籍の日本人』

井戸まさえ 著

今野哲男 編集者・ライター

法をつくりあげるもの  

 この本の目次の前には、1頁をまるごと使って、民法の次の条文が掲げられている。

民法第772条(摘出の推定)
1.妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2.婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

『無戸籍の日本人』(井戸まさえ 著 集英社) 定価:本体1700円+税『無戸籍の日本人』(井戸まさえ 著 集英社) 定価:本体1700円+税
 著者は、NPO法人「親子法改正研究会」代表理事で、旧民主党所属の衆議院議員だったことがある人。

 前夫との間で難航した離婚が成立したが、その8カ月後に再婚した新しい夫との間にできた赤ちゃんが早産だったために新しい夫の子と認められず、苦労して離婚した前夫を父とする法律の規定に抵抗があったため、わが子を一時、やむなく「無戸籍児」にした経験を持つ。

 離婚した女性は6カ月間再婚できないと定めた民法733条と、上述した772条の「婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」という「300日ルール」といわれる規定の狭間で起きた、何とも受け入れがたい体験だったが、そのことを伝える電話をしてきた当時の芦屋市役所の担当者は、「(733条と772条の)規定は離婚のペナルティです」と言い放ったという。

 この国では、女性の離婚にペナルティが必要だと考える、保守的と呼ぶのも躊躇(ためら)われる役人が、いまも珍しくはないのだ。

 この本で語られているのは、こうした規定や風土のおかげで発生している多岐にわたる人権侵害と、その看過しがたい実例の紹介だ。

 そこに孕(はら)まれる問題は、ざっくりと言ってしまえば、本書のタイトルである「無戸籍の日本人」を産み出し続けるシステムの構造的な欠陥にあると言えるだろう。

 その前に、「無戸籍」の人がいるということ自体に驚く人が多いと思うが(実は私も、仕事柄、言葉だけは知っていても、実感上はほぼ無関心だったと言うしかない)、「無戸籍」が引き起こす悲劇を背負う人たちの境遇は(1万人はいると推定されるという)、言うまでもなく重く胸を打つ。

 戸籍がなければ、基本的に住民票ができない。住民票がないと、役所から「就学通知」が来ないから、義務教育を受けることができない。健康保険もないから医療はすべて自己負担で、健康診断や予防注射といった行政サービスもない。選挙権もない。銀行口座も作れないし、携帯電話の契約もできない。運転免許証も取れないし、パスポートももちろん作れない。就労は困難を極め、結婚や出産にも支障をきたす……。

 本書では、このような、著者が支援する無戸籍者一人一人の具体的な顔を持ったエピソードが、基本的に仮名を使って語られる。

 その一部は、NHK「クローズアップ現代」や毎日新聞などのマスコミでもあるていど可視化され、以前より伝えられるようになってきているそうだが、法律上の問題点を含む細かな事情については、ぜひ本書に拠って知ってほしい。

 さて、このような悲劇を産み出す元凶に民法第772条があることは疑いようがない。この条文が引き起こす大きな違和感の一つに、まず1項と2項に共通の「~推定する」という述語語尾に連動する、隠れた主語は何ものかという問題がある。

 DNA鑑定が可能な時代になんと古色蒼然たる規定かという感慨はここでは棚に上げておくにしても、この行政とも司法とも明文化されていない主語は、どう考えても「国家」と言うしかないことに衝撃を受けるのだ(著者も自分の起こした裁判で、裁判長から「子の父は国が決めます」と宣告されてショックを受けたことを書いている)。

 そこで、本書から連想した、私がある人へのインタビューで聞いた、ストレートな民法の話ではないけれど、日本国憲法についてのあるコメントを挙げておく。

 (ドイツのボン憲法に)こんなことが書いてありました。『第一条 第一項 人間の尊厳は不可侵である。それを尊重し、保護することは国家権力すべての義務である』。訳文で読むとわかりにくいですが、要するに、人間の尊厳は侵すべからざるものだ。政府の職務は、それを守るためにあらゆる手段をとることだというのです。……日本国憲法はどうかというと、まず第一条から八条までが天皇条項です。九条の平和条項を挟んで、十条になってはじめて、私たちの生活に関する話が出てきます。……「国民たる要件は、法律でこれを定める」という形で出てくる。次の十一条でようやく基本的人権の話になって、「侵すことのできない永久の権利として、現在および将来の国民に与えられる」と書いてあるんです。……「国民たる要件は」とあって、誰が国民であるかをずいぶん気にしているわけですが、「これを定める」とか、「与えられる」といっても、いったい誰が、定めたり与えたるするのかが、よくわからない。…それで戦後は人間というところから始まっていないじゃないかと、今になって気がついた。日本国憲法には、人間としてどう考えるか、……国民であることを自分がどう選ぶかということが、一切、考えの中に入っていないんです。その憲法自体は、まず日本国という枠があって、そのなかに入れてあげますよ、というところからはじまっている。基本的人権が出てくるのは、そこをクリアした後なんですね。

 どうだろうか。ここには、現政権寄りの改憲論者は言うまでもなく、戦後の護憲論者をも等しなみに撃つ、鋭い論点がある。

 そして、772条を含む民法の条項の多くには、ここで「人間というところから始まっていない」と喝破された戦後憲法よりもはるか以前の、明治民法の規定がそのまま受け継がれているのだ。

 「そのなかに入れてあげますよ、というところからはじまっている」この国の法体系が、その中に入れなかった人々の悲惨をどう扱うのか。それは本書の著者のような人を案内人としながら、権力者も含めた我々一人一人が「国民であることを自分がどう選ぶか」にかかっていると言うほかはない。

 著者はそのための努力を続けながら、LGBTを始め、あるべき多様性の問題にも当然ながら目を配っている。その前を向いた努力を、多としたいと思う。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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