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新作短編『ムーム』とトンコハウスの魅力(上)

堤大介監督に聞く  「身の周りで起きているかも知れない物語だと感じて欲しい」

叶精二 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

 世界で高評価を獲得した短編アニメーション『ダム・キーパー』のトンコハウスの新作が完成した。廃棄されたガラクタたちと持ち主との思い出をテーマとした3D-CG短編アニメーション『MOOM/ムーム』である。

『ムーム』のメインヴィジュアル。舞台は湖のほとりの線状葉の草花が茂る草原拡大『ムーム』のメインヴィジュアル。舞台は湖のほとりの線状葉の草花が茂る草原 (c) 2016G.Y/W/ MOOM FP

 アニメーションは古くから、無機物たちが意志を持って動き出すという「付喪神」(つくもがみ)的なテーマを繰り返し描いて来た。

 廃棄物が喪失感に呵(さいな)まれ、主人との関係回復を求めてさまようというモチーフの作品も数多い。たとえば、『迷子の人形』(1959年/ヘルミーナ・ティルロヴァー監督)、『ブレイブ・リトル・トースター』(1987年/ジェリー・リース監督)、『ゴールデン・タイム』(2013年/稲葉卓也監督)等々。本作はそうした無機物アニメーションの系譜を最新の技術で引き継いだ作品と言えそうだ。

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 原作は川村元気氏と益子悠紀氏による同名絵本(2014年、白泉社)。映画プロデューサーである川村氏は本作でもプロデューサーを担当。制作は米国のトンコハウスと、日本の新設アニメーションスタジオ、クラフター(スティーブンスティーブン傘下)、そして日本のCG制作会社マーザ・アニメーションプラネットの3社共同である。

 トンコハウスのロバート・コンドウ、堤大介両氏が共同監督を務め、映像はほぼ日本で制作された。連日サンフランシスコ・東京間の通信会議が開かれ、細部に至るまで話し合いで決められたという。制作は日米の時差を有効活用し、日本時間の日中制作されたものを米で受け取り、米時間の日中ディレクション・チェックを行って戻す――という二交代制的システムを築いたともいう。

 このような画期的進行で、日米合作の本格的3D-CG短編が制作されたことは、おそらく例がない。まさに日米合作のアニメーション制作の将来的な在り方を占う実験であったとも言っていい。

 そして、その実験は大きな成果を収めた。新世代の作り手たちにとって、もはや国境は制作の障害ではなくなりつつある。

 完成作『MOOM/ムーム』は、既に世界各国で約30の映画祭に公式ノミネートされ、10個の賞を受賞している。日本では、6月2日から26日まで開催中の「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2016」でプレミア上映が行われている。本日(6月23日)の上映が同フェスティバルでは最終だが、今後も上映されて行く予定だ。

 トンコハウスは、わずか2本の短編だけで世界に名の通るスタジオとして認知されてしまった。驚くべき急成長(彼らの言葉を借りれば「旅」)である。

 日本上映に際して来日された堤大介監督とアート・ディレクターを務めた長砂賀洋氏のお二人に、本作が3D-CGで描かれた理由、各シーンの演出意図、制作体制の成果と教訓、そして今後の展望など、3回に分けて幅広く伺った。

「トンコハウス展 『ダム・キーパー』の旅」――未来志向の創意あふれる短編アニメーション展示(WEBRONZA)

制作スタッフ
監督/ロバート・コンドウ、堤大介 プロデューサー/石井朋彦、川村元気 編集/ブラッドリー・ファーニッシュ 音楽/ザック・ジョンストン、マテオ・ロバーツ 原作/川村元気、益子悠紀 制作プロダクション/トンコハウス、クラフター、マーザ・アニメーションプラネット 
『ムーム』受賞一覧(2016年6月22日現在)
カナダ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ナッシュビル映画祭 特別賞/SENE映画祭 ベスト短編アニメーション賞/トロントアニメーション&アート国際映画祭 特別賞/USA映画祭 審査員特別賞/ワールドフェス プラチナム賞/サンスクリーン映画祭 ベストアニメーション賞/メキシコ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ポーリッシュ国際映画祭 ベストアニメーション賞/NYCピクチャースタート映画祭 審査員特別賞
『ムーム』上映情報
「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2016/CGアニメーションプログラム2」
日時 6月23日(木)13時30分〜15時10分
場所 iTSCOM STUDIO & HALL 二子玉川ライズ
堤 大介(つつみ だいすけ)
1974年、東京生まれ。高校卒業後、 ニューヨークのSchool of Visual Artsを卒業後、LucasArts Entertainment Companyに勤務。ブルースカイ・スタジオで『アイス・エイジ』『ロボッツ』『ホートン ふしぎな世界のダレダーレ』の色彩設計・コンセプトアート等を担当。2006年、ピクサーに移籍し『トイ・ストーリー』『モンスターズ・ユニバーシティ』アートディレクター(色彩・照明)を担当。2014年、短編アニメーション『ダム・キーパー』を自主制作。ロバート・コンドウと共同で監督を務めた後に2人が中心となってトンコハウスを設立、現在に至る。

フルCGで「モノ」の実在感と喪失感を感じてもらいたかった

――本作は、クラフターの石井朋彦プロデューサーと原作者である川村元気さんからトンコハウスに持ち込まれた企画だと伺っています。まずはその経緯から伺えますでしょうか。

堤監督拡大堤大介監督
堤大介 『ダム・キーパー』のピクサーでの試写に川村さんと石井さんが日本からいらして下さって、僕の家にも立ち寄ってもらいました。その時に出来たばかりの『ムーム』の絵本を頂いたのです。

 素晴らしい絵本でしたが、トンコハウスでは自分たちのオリジナルの作品を作りたいと思っていましたので、映像化のお話を頂いた時に当初は戸惑いました。

 ロバート(共同代表のロバート・コンドウ氏)と何度も話し合い、「普段使っているモノを失ったり、友人や親族を亡くした心の痛みは、誰もが感じる普遍的な感情のはず。それを手がかりに自分たちの『ムーム』を作ってみたい」と思うようになりました。

 結果として原作とは異なる点が色々あるのですが、川村さんと石井さんはこのヴァージョンを受け入れてくれました。本当に感謝しています。

――本作と原作とは設定・デザイン・物語など、様々な違いがあります。手描き作画をパステル着彩風に仕上げた『ダム・キーパー』の様式を用いて、絵本に忠実なルックで臨むという選択肢もあったのではないかと思いますが、あえてフォトリアルの3D-CGで制作することを選んだ理由をお聞かせ願えますか。

堤 『ムーム』を『ダム・キーパー』のような画風でやったとすれば、それはそれで面白かったかも知れませんが、フルCGでなければ表現出来ない描写が不可欠だと考えました。

 この作品に登場するキャラクターは、ムーム、ケネディ、ルミンといった捨てられたモノに宿っている「思い出たち」です。彼らの周囲の世界と「捨てられたモノ(廃棄物)たち」の描写をどうするのかということが、一番大きな課題だと思いました。

 それは、ムームの被っている帽子やルミンが抱いているバレエシューズ、2人が座るソファーといった「モノ」について、観客の皆さんが手に取って触れることが出来るような感覚を呼び起こしたいと考えたからです。むしろ、絵本から離れた画風にしたかった。単なるお伽噺にしたくはなかったのです。

――確かに、パステルや水彩風のタッチでキャラクターと世界を丸ごと統一してしまうと、「モノ」のリアリズムを際立たせることは難しいかも知れませんね。

堤 ムームたちは自分で気付くことが出来ないほど心の奥底にある傷みを抱えて、毎日(湖底から「モノたち」を陸に揚げる)仕事をしています。どうすることも出来ない無意識の喪失感のようなもの。それは世代や経験に関わらず、誰もが持っている普遍的な感情だと思います。まずは、そこに共感してもらう必要があると考えました。

 そのためには、「モノたち」に実在感が欲しかった。フルCGという選択は、その意味で自分たちの目指す方向にピタリとはまったのです。

 フルCGを駆使することで、観客の皆さん一人一人が普段身の回りにあるモノたちの物語――つまり自分たちの周りで起きているかも知れないお話であると実感してもらいたかったのです。

――確かに「モノ」たちのルックは精緻でした。一方、ムームたち「思い出」のキャラクターとそれを取り囲む舞台は原作以上に抽象化されているのでは、という印象を持ちました。

 たとえば、原作ではムームたちは生物のようにりんごを食べますが、そうした描写はありません。廃棄物の水揚げは原作では黒い潜水服姿のモグルというキャラクターたちが物理的に行っているようですが、本作では浮力の元が「思い出」の意志なのか、モノの質量変化なのか判然としません。衣食住や物理法則の生々しさが排除された世界と申しますか。

 確かにそうしたシーンは自分たちの優先順位から考えてカットしていますね。

――カットされたシーンということで申し上げますと、意図的に省略されたシーンが少なくとも2つあると思いました。1つはヘリの離陸、もう1つは終盤の演奏シーンです。どちらも従来のアメリカ型短編ならば、アニメーターの腕をふるうべき豪華なシーンになるはずで、最も観客のカタルシスを生み出しやすいシチュエーションです。しかし、あえてそれを省略またはフェードアウトさせていらっしゃいますね。「思い出」が「モノ」を使いこなすと調和が取れてしまうからでしょうか。

 はい。その通りです。本当は予算的、スケジュール的に大変なシーンになるという事情もあったのですが……(苦笑)、この作品はショートなので山場を幾つも設けると中だるみしてしまう危険性があると考えました。

 最大の山場はルミンが去って行き、ムームが泣き崩れるところに置くと決めていました。そこに向かって集約して行くためには、おっしゃったように2つのシーンを延ばして描くことは避けた方がいいと思いました。ヘリについては当初、全く描かないという案もあったくらいです。

――なるほど、物語の山場を一点に集約させたと。場面に相応しいライティングを段階表示にまとめて全編を一覧出来るチャートがあるそうですね。照明も演出の重要な要素であるということを痛感致しました。

 それは「エモーショナルチャート」(※画像参照)と呼ばれるものです。ピクサーでも使われていました。

『ムーム』のエモーショナルチャート。横軸は時間、縦軸はライティングの明暗と対応している。折れ線グラフで心理的効果も明確になる拡大『ムーム』のエモーショナルチャート。横軸は時間、縦軸はライティングの明暗と対応している。折れ線グラフで心理的効果も明確になる (c) 2016G.Y/W/ MOOM FP

キャラクターの感情に寄り添った世界を描く

――設定と背景美術について伺います。作品に描かれた世界は清潔で美しい印象ですが、人工的なゴルフ場や公園のような不思議なレイアウトで、自然林のような多層的で複雑な生態系が存在するようには感じられません。タンポポのような花が結花せずにいきなり種を飛ばすなど、この世のリアリティレヴェルで考えると分からないことだらけです。 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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