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[書評]『中国 消し去られた記録』

城山英巳 著

西 浩孝 編集者・大月書店

苛烈な中国現代史を内側から活写する  

 人が突然、しかも次々と消えていく。それが今、中国でおこっている現実の事態である。

 2012年11月、習近平が中国共産党総書記(国家主席)に就任して以来、憲法に基づく法治、人権擁護、民主化などを要求し、公安当局に拘束される活動家や弁護士、記者などが後を絶たない。

 習近平は「依法治国」(法に基づく国家統治)を掲げるが、実際は「法治」ではなく「党治」であり、体制に異を唱える者への強権的な言論弾圧であるのは明らかだ。習政権の誕生から現在までは、中国現代史のなかでも、共産党権力とそれに対する民間の反抗がもっとも激しくなった時期だと言える。

 本書は、時事通信社の記者として2011年から北京特派員を務める著者が、そのような激動の渦中で権力と闘う人々が何を考え、いかに行動したのかを、至近距離から報告した臨場感たっぷりのルポルタージュである。

『中国 消し去られた記録——北京特派員が見た大国の闇』(城山英巳 著 白水社) 定価:本体3600円+税『中国 消し去られた記録——北京特派員が見た大国の闇』(城山英巳 著 白水社) 定価:本体3600円+税
 四六判で2段組500ページを超える大著だが、天安門事件の記憶、言論弾圧の実態、共産党の権力闘争、民間の力の台頭、習近平の理念、毛沢東をめぐる論争、中国人の対日観、人権派弁護士や改革派知識人の分裂など、現在の中国政治・社会にかかわる多様な話題を扱いながら、人物に密着した記述と豊富なインタビュー取材、そして構成の妙により、冒頭から引き込まれ、最後まで飽きさせない。むしろ読み進めるほどに魅力が増し、ページを繰る手が止まらなくなる。

 本書に登場するのは、2010年にノーベル平和賞を受賞した作家・劉暁波や、「盲目の人権活動家」と呼ばれ迫害の末に米国に渡った陳光誠といった著名な人々だけではない。

 ジャーナリストや研究者、芸術家なども含めて、日本ではほとんど知られていない人物も数多く取り上げられており、個人を描くことによって権力の内部に迫ろうとする姿勢が一貫している。

 そこには、共産党・政府がつくりあげた「中国像」ではなく、民間の側から見た「中国像」を読者に提示したい、という著者の確固とした主張がある。折々に挿入される人物写真がまた、その思いを補完する。

 彼らがこうむる、むき出しの暴力は凄まじい。検閲、盗聴、監視は当たり前。さらに「中国公安にとって拷問というのは、(なくてはならない)基盤みたいなもの」であり、「黒監獄」と呼ばれる強制収容施設が、中国社会の「暗部」を消す「暗部」として利用されている。

 本書によれば、国防費を上回る予算がこうした「維穏」(国内の安定維持)にあてられているという。秘密警察「国保」(国内安全保衛隊)が暗躍し、「騒動挑発」罪、「国家政権転覆」罪が乱発される現状に、われわれは戦慄するしかない。

 だが、国家が依然として「昨日の国家」のままであるのに対し、社会はすでに「昨日の社会」ではなくなっている。国家が人々を抑圧すればするほど、彼らは目覚めていく。

 天安門にやってきて不正を訴える陳情者はその数を増し、「微博」(中国版ツイッター)や「微信」(中国版LINE)による発信は中国社会の問題を国内外に向かって告発する。「中国共産党はもはや自分の力で中国の問題を解決できなくなった。なぜなら中国最大の問題が共産党そのものだから」(著名人権派弁護士・浦志強)。

 中国の人々は、「自由」は勝ち取らなければ手に入らないことを知っている。文化大革命を思わせる弾圧が今ふたたび吹き荒れるなか、それを全身で感じ取っている。本書は、そうした彼らの奮闘をすみずみまで伝え届ける。

 そしてまた、日本の読者に「あなたは自由の重みをその身体で知っているか。それを日々つかみ取ろうとしているか」と問いかけているようにも、私には思えたのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。