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カンヌ国際映画祭に31年ぶりに参加して(中)

受賞結果にブーイング。審査員が選んだのは従来型の映画ばかり

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 今年のカンヌほど、受賞式の最中に記者室から大きなブーイングが出たことはない、と複数の常連記者は私に語った。確かに受賞結果発表後の、フランスの新聞各紙の批判はすさまじい。

 まず「ルモンド」紙は、「吠える映画におとなしい審査員」「受賞結果はコンペ作品の例外的な大胆さを全く反映していない」という2つの見出しで「近年珍しいハイレベルのコンペで、我々を感激させた作品をほとんど落とし、そうでもない作品に受賞させた」。

「トニ・エルデマン『ありがとう、トニ・エルドマン』
 「リベラシオン」紙は「最近の記憶を考えると、カンヌの受賞結果がこれほど予想とはずれた年は珍しい」。

 「フィガロ」紙は「カンヌは金を鉛にした」と題し、「ジョージ・ミラーとその悪い仲間たちは、記録を破るためにやってきた。彼らは歴史に残るだろう。今後は『ありがとう、トニ・エルドマン』を落としたグループと名付けられる」

女性の戦いをテーマにした傑作群

 記者たちの星取表を始めとして一番人気は、ドイツの女性監督、マーレン・アデの『ありがとう、トニ・エルドマン』。ルーマニアのシンクタンクで働くドイツ人のキャリア・ウーマンのもとに、ドイツから父親がやってきて繰り広げる悲喜劇。全裸パーティのシーンなど大胆な場面に会場は沸きに沸いた。

 ほかにも女性の孤独な戦いをテーマにした傑作が多かった。

 オランダ出身のポール・ヴァーホーベンのフランス映画『エル ELLE』では、冒頭にイザベル・ユペールが強姦され、彼女のまわりでグロテスクで滑稽な恋愛劇が展開する。女性の欲望を肯定し、不倫を当然とし、キリスト教をからかい、黒人を笑いのネタにする。強姦を冷静に受け止めるユペールが、だんだんまともに見えてくる。

 スペインのペドロ・アルモドバル監督『ジュリエッタ』は中年の女性ジュリエッタが失踪した娘のアンティアの後を追いかける物語。自らの過去の記憶に遡り、恋愛、セックス、家族、友情といった人間の本質的なものへの深い思いが、サスペンス構造の中からどんどん膨らんでゆく。

エル『エル ELLE』
「ジュリエッタ『ジュリエッタ』

 ほかにも、ブラジル映画のクレバー・メンドンサ・フィロ監督『アクアリウス』は、古いアパートで65歳の元音楽評論家の女性がたった一人で立ち退き反対運動をする話でなかなかの迫力。フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督の『マ・ローサ』では、貧民街で小さな店を営む家族の母ローサが、警察の横暴な操作に立ち向かう。

 私の予想では、だいたいここまでが受賞だろうと思った。ところが蓋を開けてみると、

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