2016年09月13日
日本人にとって「最も身近な犯罪」とは何でしょうか?
統計の取り方にもよるでしょうけれども、私は「痴漢」がその最有力候補の一つではないかと思うのです。一部のネットの調査では3人に2人の女性が被害に遭ったことがあると述べており、痴漢は日本社会の一大問題と言えます。世界的に犯罪が少ないと言われる日本で、被害経験が3人に2人というほど頻発する犯罪は他に類を見ません。
海外の日本に関する旅行本の中には電車内の“Chikan”を紹介するものも少なくないとのことです。たとえば、イギリス政府の渡航者向けサイトでは日本では「Chikanが一般的」と書かれています。
“Tsunami”等と同じように、“Chikan”と日本語のまま直接表現されるくらい、痴漢は日本の“風物詩”となってしまっているのです。
女性が痴漢の被害を訴えても、「それって、女として見られるってことじゃん!」「それ、自分が可愛いという自慢?」と、犯罪に遭うことが「名誉」や「自慢」と結びつける人もいます。
このような誤った認識による二次加害者が原因で、被害に遭ったことを公言できず、泣き寝入りをしてしまう被害者も少なくありません。
高畑裕太逮捕で噴出する6つのセカンドレイプ――性暴力について何を言ったらいけないのか?(WEBRONZA)
日本の女性は世界でも「自分が女性であること」の自己肯定感が低い傾向にあると言われていますが、このように痴漢を野放しにしているのもその一因ではないでしょうか?
化粧品会社のPOLAが2016年7月21日に公開したテレビCMで「この国は、女性にとって発展途上国だ」というフレーズを使いましたが、痴漢に対する現状もその典型例と言えるでしょう。「日本は平和だ」というセリフを発する男性を時々見かけますが、それは自分が痴漢とは無縁だから言えることなのです。
そこで今回の連載では、痴漢問題をテーマに7回にわたって書いて行きたいと思います。「なぜ痴漢対策が遅々として進まないのか?」「どのような対策を施せば日本の痴漢の問題は解決するのか?」について論じて行く予定です。
なぜ痴漢対策が日本で進まないのでしょうか? それは女性の人権を無視する様々な性差別主義思想とそれが生み出す様々な偏見が、日本社会に深く根差してしまっているからであり、正しい人権意識を持っている男性でもそれを自覚することが難しい状況にあるからだと思います。
たとえば3人に2人の女性が痴漢被害に遭ったことがあると回答したことは既に紹介しましたが、そのようなことを多くの男性は知りません。痴漢がこの国で空気のように日常化してしまっているという実態を知らないのです。娘が被害を訴えてようやく痴漢の実情に気が付いたという父親も少なくないでしょう。
痴漢対応で電車が遅れた時に、鉄道会社では「お客様対応」等と様々な婉曲表現(中には隠語があるという噂も)を使うこともあります。率直に「痴漢が発生し緊急で対応しております!」としたほうが良いと思いますが、あえて婉曲表現を用いてしまっていることで、痴漢が頻繁に起きていることを実感できないという人も少なくないはずです。
ですが、それ以上に男性が痴漢問題を身近な問題だと気が付けないのは、女性が被害を訴えにくいような社会の風潮が強いからではないでしょうか?
その原因としては、痴漢における様々な誤った偏見があります。たとえば、女性が薄着をしていると「男を性的に興奮させるような格好をしていたほうにも原因がある」と被害者女性を責め立てる男性も少なくありません。これは「セカンドレイプ」であり、絶対に言ってはいけないセリフだと思います。
そもそも痴漢加害者は、必ずしも露出の高い服装をした女性に性欲を刺激されて犯行するわけではありません。被疑者に対する警視庁の調査によると(「電車内の痴漢防止に係る研究会」報告書、2011年)、「なぜ、その被害者だったのか?」という質問に対して、「訴え出そうにないと思ったから」と回答した人は、「服装が派手だったから」の5倍を超えます。
もちろん服装が派手であれば安全というわけではありませんが、露出した派手な服にムラムラして犯行に及ぶよりも、むしろ見た目から判断して抵抗しそうもないおとなしい女性をターゲットに、計画的かつ狡猾に犯行に及ぶ人のほうが、数としては圧倒的に多いのです。
ちなみに、以前、「学校の制服はもう廃止しよう」の連載でも触れましたが、「制服を着ていると痴漢被害に頻繁に遭うのに、私服になると減少する」という証言をする女性は少なくありません。そう考えると、少女に制服を着させることは非常にリスクの高いことであり、見方によっては痴漢を助長しているとも言えるでしょう。
ところが、日本の中学校と高校の多くは少女たちに制服として学生服を着せます。もちろん自ら学生服を着たいという女性の選択を否定するべきではないと思いますが、私には大人がわざわざ性的な記号や無抵抗の記号として見られる制服を強引に着せようとするのか、その感覚が信じられません。
「制服を着ているだけで痴漢や変質者のターゲットにされる危険がある」という現実にどうして向き合おうとしないのでしょうか?
そういう負の側面を無視して「高校生らしい格好」や「我が校の生徒としてふさわしい格好」を強要する大人は、子供たちに本当に犯罪に遭って欲しくないと思っているのか、疑問に感じてしまいます。穿(うが)った見方をすれば、「学校も痴漢が多発する環境を作る一翼を担っているのではないか?」とさえ思うのです。
さらに、痴漢被害に遭ったことを告白した女性に対して、「それ、自分が可愛いという自慢?」「え、(全然可愛くない)お前が痴漢されるなんて嘘でしょ? 自意識過剰じゃない?」というニュアンスの発言をする人もたまにいます。完全に女性蔑視であり、外見差別であり、セカンドレイプです。決して許される発言ではありません。
高畑裕太逮捕で噴出する6つのセカンドレイプ――性暴力について何を言ったらいけないのか?(WEBRONZA)
そもそも痴漢の加害者が、外見の美しいと判断した女性に対して痴漢行為をするというのも誤った偏見です。前述の警視庁の調査で「なぜ、その被害者だったのか?」という質問に対して、「好みのタイプだった」と回答した人は33.8%であるのに対して、「偶然近くにいたから」と回答した人は50.7%であり、多くは外見の問題ではないことが分かります。
たまたま加害者の近くにいて犯罪に遭ってしまうのですから、女性の外見に絡めた発言をすることがいかに間違ったことか分かるはずです。
2015年6月に、ダウンタウンの松本人志氏が、「女性専用車両ってブスばっかり乗ってるんでしょ?」と発言して大きな非難を浴びました。このような差別発言をする人はテレビの中に限らずいるはずですが、内容的に許されるものではないことは当然として、外見が痴漢被害に影響するという認識自体から間違っているわけです。
このように、セカンドレイプをする人の多くは誤った偏見を持ち合わせた上で、さらに二次加害的な発言をしており、酷いとしか言いようがないのですが、残念ながらこのようなセリフを吐く親や学校の先生も少なくありません。
さらには現場の警察官からそのように言われたという被害者の声もあがっており、前述のような加害者心理を暴いた統計を出しているはずの警察でさえ、組織内の偏見を払拭できていない様子が分かります。
痴漢に遭った女性に対するセカンドレイプ発言のせいで、被害者が自分を責めてしまったり、責められるのを恐れて告発しないという選択をしてしまっています。たとえ僅(わず)かでも被害者を責めることは、セカンドレイパーとして加害者の幇助をしているということにどうか気が付いて欲しいものです。 (つづく)
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