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バンクーバー事件の被害者女性バッシングに思う

ブロガーは男性としての自分をふり返ってもらいたい

杉田聡 帯広畜産大学教授(哲学・思想史)

 カナダ・バンクーバーで行方不明になっていた日本人女性が、遺体で発見された。本当に気の毒なできごとだと思うが、例によってブロガーによる被害者バッシングがすでに始まっているのを知って、暗澹たる気持ちである。

 不幸なことに当事者は亡くなっており、まだ別件で逮捕された容疑者がまともに口を開かないでいる限り、何が起きたのかは結局分からない。それなのに、ネット上で憶測による被害者いじめを行って平然としているのは、少々軽率ではないか。

被害者は気楽について行ったのか?

 目立つのは、被害者がお気楽に容疑者について行った、そしてこれは日本人女性によくある行動だ、被害者は軽率だ、いや尻軽だ、殺されたのは自業自得だ……といった書き込みである。

 被害者に深い同情を示した人さえ、残念だが事実上同趣旨の書き込みをしている例がある。同じような被害を出さないようにという想いからかもしれないが、それにしても安易ではないか。被害者が容疑者に気楽について行ったと、いったい何を根拠に言っているのか。

カナダ警察が公開した、バンクーバー市内で古川夏好さん(左)と男性が並んで歩く画像拡大カナダ警察が公開した、バンクーバー市内で被害にあった邦人女性(左)と男性が並んで歩く画像
 この言い分は、被害者が行方不明になって以来出回った監視カメラの映像を下にしているのかもしれない。

 それを見ると、押し黙ったように歩く容疑者を、被害女性が斜め後ろから、あたかも何かを求めるかのように、「お願い、お願い」と言いつつ、手振り身振りを交えて媚びようとしている(かのように見える)。

 だが、そもそもこの映像は、事件のごくごく限られた一面を示したものにすぎない。たまたま監視カメラがとらえた一瞬を普遍化して語ることが、なぜできるのか?

 しかも、上に記した印象さえ何の根拠もない。この解釈とは逆に、むしろこの女性が、あたかも容疑者が加えた侮辱に類する行動に、抗議でもしているかのように見ることは、いくらでもできる。

 つまり、押し黙ったまま被害者を避けようとする容疑者に、被害者が手振り身振りを交えて追いすがり、何かの批判・非難・説得をしようと試みていると。

ブロガーに女性に対する「コンプレックス」がないか

 残された情報からさえ、多様な解釈がなりたちうるのに、なぜ多くのブロガーは「被害者が気楽に容疑者について行った」と解して、殺されたのは「自業自得」だなどと被害者を裁くことができるのか。すべてのブロガーがそうだとは言わないが、その種の書き込みが目立つ。

 私はそれは、自らは「性被害」にあう可能性のほとんどない男性の、女性にたいする、ある種のコンプレックスのせいだと思う。

 ここで「コンプレックス」は、劣等感という意味ではない。そうではなく、 ・・・続きを読む
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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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