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新作短編『ムーム』とトンコハウスの魅力(下)

長砂賀洋氏に聞く 「トンコハウスは学びながら成長する制作現場」

叶精二 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

 10月6日、トンコハウスの新作短編『MOOM/ムーム』の予告編第2弾の配信が開始された。

 10月25日から東京・六本木で開催される「第29回東京国際映画祭」での『ムーム』上映も決定。堤大介監督も来日し、細田守監督とのトークショーが行われる予定だ。また、11月2日から6日まで二子玉川で開催される「キネコ国際映画祭2016」の日本作品賞・短編部門に『ムーム』がノミネートされ、こちらでも上映が決定した。

 去る8月26日から9月1日までの1週間、アメリカ・ロサンゼルスの劇場「Laemmle Playhouse 7」にて『ムーム』が上映され好評を博している。

 『ムーム』はこの3カ月間で新たに4つの映画祭で受賞。累計17個の受賞を果たし、未だに快進撃が続いている。

 1本の短編アニメーションがここまで注目を集めることは極めて稀だと言える。

拡大『ムーム』 (c) 2016G.Y/W/ MOOM FP

『ムーム』受賞一覧(2016年10月7日現在)
カナダ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ナッシュビル映画祭 特別賞/SENE映画祭 ベスト短編アニメーション賞/トロントアニメーション&アート国際映画祭 特別賞/USA映画祭 審査員特別賞/ワールドフェス プラチナム賞/サンスクリーン映画祭 ベストアニメーション賞/メキシコ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ポーリッシュ国際映画祭 ベストアニメーション賞/NYCピクチャースタート映画祭 審査員特別賞/24th Curtas Vila do Conde (ポルトガル)Curtinhas Competitionベストフィルム賞/アトランタショート映画祭 (アメリカ・アトランタ)ベストアニメーション賞/ショートストップ国際映画祭 (イギリス・グラスゴウ)ベストアニメーション賞/リールトゥーリール国際映画祭(アメリカ・ノースカロライナ)ベストアニメーション賞/フィルム・マイアミ・フェス(アメリカ・マイアミ)ベストアニメーション賞/ロードアイランド国際映画祭(アメリカ・ロードアイランド)子供審査員ベストアニメーション賞/イリノイ国際映画祭(アメリカ・イリノイ)ベストアニメーション賞

 『ムーム』のアートディレクターを担当した長砂賀洋氏は、堤大介監督に憧れ、単身渡米して師事したという異色の経歴を持つ。まさに「自力で夢を叶えた若者」である。正確には「叶った夢の先を進行中の青年」と言うべきかも知れない。

 連載の最後を飾るに相応しく、長砂氏に日米の仕事の違いから、若々しい自身とトンコハウスの未来像まで幅広く語って頂いた。

新作短編『ムーム』とトンコハウスの魅力(上)――堤大介監督に聞く  「身の周りで起きているかも知れない物語だと感じて欲しい」(WEBRONZA)
新作短編『ムーム』とトンコハウスの魅力(中)――堤大介監督に聞く  「応援してくれるみなさんと一緒に長編を作りたい」(WEBRONZA」

長砂賀洋(ながすな・よしひろ)
1986年、鳥取県生まれ。京都精華大学テキスタイルデザインコース卒業後、アニメーション背景美術制作スタジオBambooでスタッフとして働いた後に渡米。堤大介、ロバート・コンドウ監督による短編『ダム・キーパー』にペインターとして参加。帰国後はペインター、コンセプトアーティスト、セットデザイナーとしてフリーランスで活躍。『ムーム』で初のアートディレクターを担当。http://tonkichi0526.blogspot.jp/

長砂賀洋 Yoshihiro Nagasuna 氏 フィルモグラフィー拡大長砂賀洋 Yoshihiro Nagasuna 氏 フィルモグラフィー

初めてのアートディレクター

――長砂さんは『ムーム』で初めてアートディレクターを担当されたと聞いております。仕事をやり終えてみて、どのような御感想をお持ちになりましたか。

長砂賀洋氏拡大長砂賀洋氏
長砂賀洋 ぼくの画力は全然足りませんでしたので、想像以上に大変でしたが、とても良い勉強をさせて頂きました。

 堤(大介)さんとロバート(・コンドウ)の思想や意図を一番汲(く)める日本在住のスタッフはヒロ(長砂さんの愛称)だろうということで、アートディレクターにさせて頂いたという経緯がありました。堤さんとロバートには「ヒロに経験を積ませよう」という意図があったんだと思います。

――アメリカのアニメーション作品の「アートディレクター」という職種は、大抵複数で「照明」「キャラクターデザイン」なども含めた呼称で大変に幅広い意味で使われています。日本で言う「美術監督」とはかなり違う印象です。『ムーム』の場合はどのような仕事内容だったのでしょうか。

長砂 メインの仕事は「カラースクリプト」を描くことでした。つまり作品全体を通じたライティングの設計図ですね。具体的には、おおまかなシーンのイメージを決めるようなちょっと抽象的な「カラースクリプト」を描き、レイアウトが決まってから、もう少し詳細な「カラーキー」と呼ばれる画を描きます。

――今まで堤大介監督が担当されていらしたお仕事ですよね。

長砂 そうです。それと小物のデザインも少しやりました。堤さんがおっしゃるには「アートディレクターは制作チームのサポート役なんだ」と。実際に画面を作るのはCGアニメーション制作の方々ですから、彼らの仕事を円滑にするんだという意識で臨みました。

――「カラースクリプト」には、キャラクターも描くのですよね。日本の「美術監督」は背景画を監督する仕事なので、準備段階で描かれる「美術ボード」(背景画のイメージを固めるための下絵)でもキャラクターの描き込みは重視されません。

長砂 そうですね。本来作品世界はキャラクターが立って初めて成立するんです。トンコハウスでのアートディレクターという職種は、キャラクター込みで画面全体のヴィジュアルに関する責任を負う仕事だと思っています。

――完成画面に至る途上の要の役割を果たす職種なのですね。光と影を含めた空間の臨場感を、人物を含めて丸ごとクリエイトするお仕事だと解釈していいでしょうか。

長砂 そうだと思います。絵の中に配置されている物は、全て3D空間の中に存在するものに変換されて描かれるので、写実性や実在感とスケールの整合性には気を使いました。今回はロバートに度々「スケール感がおかしい」という指摘を受けました。雰囲気で描いてしまうと、3D空間で矛盾が出てしまい余計にコストがかかるんです。今まで曖昧にしていたものを洗い出すという新しい意味での勉強をたくさんさせてもらいました。

『ムーム』におけるアートディレクターの仕事例拡大『ムーム』におけるアートディレクターの仕事例 <1>シーン42・カラースクリプト(長砂氏画) 重要シーンのライティングを含むシーン全体のイメージを共有するために制作初期に描かれる。特に光と影に心理描写を重ねた繊細な設計が試みられている
拡大<2>シーン42・カラーキー(長砂氏画) レイアウト決定を受けて、カラースクリプトに細部を追加。描かれる枚数も倍増。より具体的な本編映像のイメージを決めていく。 画角からムームとケネディの立位置・背後の樹木や廃棄物まで、かなり変わっている
拡大<3>シーン42・本編画像 手前の影になっているルミン、後方のムームとケネディを照らす曇天下の自然光など、完成画面からカラーキーの果たした役割が実感出来る

「コミュニケーション出来る絵を描きたい」と渡米

――長砂さんのご経歴について伺います。トンコハウスのスタッフとして働く以前に日本の背景美術スタジオ「Bamboo」でお仕事されていたと聞いています。最初から背景を志望されていたのでしょうか。

(※注)Bamboo アニメーション背景美術スタジオ。2005年設立。代表は竹田雄介氏。

長砂 元々実家が鳥取県の日本海側でして、「山陰」というくらいですから植物が鬱蒼と茂る田舎でした。その空気感が好きで、ずっと絵で表現したいと思っていたんです。その後、京都精華大学でテキスタイルデザインを学んだのですが、風景画は余り描いていませんでした。

 卒業後は1年間実家で就職浪人をしていました。その間に自主制作アニメーションの制作に背景担当として関わりました。その頃、今敏監督の『夢みる機械』(※注)のスタッフをネットで募集していたので、背景画を送ったところ「試しに描いてみて下さい」と返信を頂き、しばらくネットを通じてやり取りをしていました。

(※注)『夢みる機械』 原作/諸星大二郎、企画・監督/今敏、制作/マッドハウスの同名漫画を原作とする長編アニメーション企画。2010年8月に今敏監督が急逝し、現在まで制作は中断したままとなっている。

 その後、Bambooのスタッフ募集に応募して内定を頂くことが出来まして、『夢みる機械』の仕事を抜けて東京に出て来ました。

――日本の背景美術はずっと画用紙にポスターカラーで描くというスタイルでしたが、最近は全工程がデジタル化されている現場が主流です。長砂さんは、手描きを経ずにずっとデジタルで描かれていたのでしょうか。

長砂 ええ、最初から全部デジタルで描いていました。Bambooには優秀なスタッフさんがいて、美術ボードがキッチリしているんですね。それを元に別ショットの背景が描かれます。美術ボードから色が拾えますし、一部を切り取って加工したり、システマティックに背景画を仕上げて行くことが出来る。慣れて来ると少しずつスピードも上がって来ました。

――背景美術家として順風満帆だったと思えるのですが、どのような転機があったのでしょうか。 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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