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[書評]『小さな出版社のつくり方』

永江朗 著

東海亮樹 共同通信記者

本の未来も働き方の未来も明るい  

 本と出版の世界の名案内役である著述家の永江朗さんが、1人や数人で立ち上げた「小さな出版社」の11社12人へのインタビューをまとめた本だ。

『小さな出版社のつくり方』(永江朗 著 猿江商會) 定価:本体1600円+税拡大『小さな出版社のつくり方』(永江朗 著 猿江商會) 定価:本体1600円+税
 起業のいきさつや、本のジャンル、ビジネスのスタイルはさまざまだが、本が売れない、もうからないという悲壮感が漂う出版業界で、「いい本をつくりたい」と小さな舟をこぎ出した人たちの思いや仕事の現場は、実にすがすがしい。本を愛する人々を明るい気持ちにさせてくれることは請け合いだ。

 音楽之友社を退職した2人がつくったアルテスパブリッシング、光文社の雑誌編集者が書籍をつくりたいと起こした鉄筆、東大出版会を定年しても編集を続けようと起業した羽鳥書店など有名出版社からの転身もあるが、東京・千代田区の創業支援施設を拠点にフリーの女性のネットワークで美術書とエコロジー雑誌を発行するブックエンドや、TBS記者が子育てとビジネスを両立させたいと絵本出版に乗り出した、小さい書房などユニークな出版社もある。

 出版界は慢性的な不況と言われ、編集者から「売れそうな本しか企画が通らないから、いい本がつくれない」という嘆きもよく聞く。それはそうなのだろう。しかし、減っているとはいえ、日本では年間7万点以上の新刊が発売されている。一般の読者からすれば「7万も本が出ているのに、いい本を出せないとはどういうことだ?」という素朴な疑問が出てもおかしくない。

 そうした嘆きの原因は、本書で小さな出版社の人たちの声を聞くと、日本の出版業界の特殊な構造・商慣習にあることがよく分かる。取次や再販制度の問題は長年議論されているが、確立したシステムはなかなか変革できないようだ。

 業界の人間ではないのでざっくりとした説明でお許しいただくとして、こういうことだ。

 出版社は本をつくるが、書店に直接売るわけではない。まず日販やトーハンなどの取次会社に本を買ってもらう。取次は「この本は、ここにこれぐらい」と書店に配本し、代金も回収する。そのお金が取次から出版社に振り込まれる。返本があれば出版社の取り分が減ったり、そもそも取次が売れないと思った本は取次に相手にされなかったりすることもある。

 採算をとらなければいけないから、「売れそうな本」を企画しようとするのは当然ではある。「売れそうな本」という言い方をするのは、商品はすべからくそうなのだが、何が売れるかは予想が難しいからだ。しかし、いい本というのは内容が既存の枠をはみ出していたり、難解だったりすることがある。出版界に経済的余裕があるときは冒険もできたが、不況のなか、特に大手出版社では、売り上げが見込める一部の人気作家や、健康本といった柳の下のドジョウ的な企画に萎縮していくのは仕方がないのだろう。

 ならば取次を通さずに、書店に直接卸せばいいではないか、と一般読者は思うだろうが、取次は書店への営業を代行してくれたり、資金調達の金融的機能も果たしてくれたりする。そして成熟した出版業界の仕組みはなかなか変えられないものだ。

 そこに小さな風穴を開けたのが、本書でも紹介されているトランスビューだ。同社の工藤秀之さんは、出版社が書店と直接取引をし、書店から注文を受けて出荷するという「注文出荷制」を実行に移した人物だ。現在は、本書にも登場するほかの小さな出版社と共同で「《注文出荷制》今月でた本・来月でる本」という出版案内を書店に送り、流通の代行もしている。

 この取り組みは、出版社が取次からさまざまな縛りを受けないことのほかに、読者にもうれしい効果がある。

 小さな出版社の本は部数が少ないので、都市の大型書店にしか配本されないことが多い。地方の小さな書店には大手出版社のメジャーな本ばかりが届く。注文出荷制では、小さな書店が小さな出版社と出会うことができる。注文出荷制がもっと広がれば、志の高い小さな書店が個性的な店づくりをすることもできるだろう。

 羽鳥書店の羽鳥和芳さんが取次と交渉したとき、担当者から本の内容についてまったく質問されなかったことに呆れたという。聞かれたのは事業資金などのお金の話ばかりだった。もちろん取次がすべて悪だというわけではなく、アルテスパブリッシングは営業などの負荷を減らすために理解のある取次を選ぶことにした。大切なのは、本の流通がもっと多様になれば、読者に多様な本が届く可能性が広がるということだ。

 経済の話ばかりになってしまったので、小さな出版社がどんな「いい本」を作っているのかも紹介したい。東京・赤羽にある「ころから」という出版社が一昨年(2014年)刊行した『九月、東京の路上で――1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』は、関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺についての歴史ノンフィクションだ。ヘイトスピーチが社会問題化するなかで話題となり、新聞や雑誌の書評でも絶賛された。

 しかし、時事的なタイミングがあったにせよ、「無名の出版社が無名の著者による類例のない企画を出しても、取次はたくさんの量を仕入れて配本しようとしない」(著者)という実態からすると痛快な出来事だ。

 またアルテスパブリッシングは、作家の内田樹さんや政治学者・音楽評論家の片山杜秀さんの本を、彼らが人気作家になる前から出している。鉄筆では、作家の白石一史さんや辺見庸さんが喜んで作品を刊行している。すぐれた書き手が作品を提供することも小さな出版社を支えることになるのだろう。本のために、書き手の側もぜひ意識してほしいと思う。

 出版もビジネスである以上、これらの起業物語はある意味では「ビジネス書」と言えるかもしれない。もちろん漫画家のエージェントをするコルクや、雑貨販売を組み合わせたSPBSなど一定の経済的成功を収めた会社もあるが、多くは「食えるか食えないか」というレベルでお金の話をしている。しかし、ほとんどが「食えて」いるし、なによりも本づくりの充実感が行間から伝わってくる。

 こういう生き方、働き方は出版に限ったことではないだろう。21世紀は、いい意味でも悪い意味でもひとつの会社で勤め上げるという単線的な働き方は難しくなっている。ある時は自分の足で立って、ある時は学ぶ時期があって、ある時は休む期間があっていい。どんな業種の人であっても、小さな出版社の人々から教えられたり、励まされたりすることがあるのではないか。

 さて、本書を刊行した猿江商會もまた小さな出版社だ。創業を意気に感じて書き下ろしを引き受けた永江さんはかっこいい。そういうことを意気に感じる本を愛する人々は、ぜひ本書を手に取ってほしい。読後感の心地よさは保証する。本の未来も、働き方の未来も、もしかしたら明るいのではないかと思えるはずだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

東海亮樹

東海亮樹(とうかい・りょうじゅ) 共同通信記者

1968年生まれ。慶應義塾大経済学部卒。共同通信に入社し、宇都宮支局、広島支局、大阪社会部を経て文化部。文化部では論壇、書評、食文化などを担当。地元の東京・深川の地域フリーペーパー「かわら版 深川福々」編集長、ブックカフェ「そら庵」副代表、地元ネーム「深川亭ポレポレ」。ほかに国際都市・錦糸町案内人(未公認)など。「本は栄養、映画は滋養、まちは涵養」が座右の銘。