メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

思い浮かんだ言葉「2人とも、もういいんだよ」

【公演評】こまつ座「木の上の軍隊」

中本千晶 演劇ジャーナリスト


拡大「木の上の軍隊」公演から=谷古宇正彦撮影
 幕が下りてからしばしの間、言葉を失ってしまった……。いつも公演評を書くときは終演直後のほとぼりが冷めないうちに、心に思い浮かんだ言葉を拾い集める作業に入る。ところが、言葉がまったく浮かんでこないのだ。

 しばし一休みして頭を冷やさずにはいられない。新宿駅新南口のイルミネーションをぼんやりと眺めながら、ようやく思い浮かんだのは「2人とも、もういいんだよ」というような、2人をねぎらいたくなるような言葉だった。

 こまつ座「木の上の軍隊」を見終わった直後の話である。「2人」とは上官(山西惇)と新兵(松下洸平)のことだ。物語の舞台は終戦直前のある南の島、登場人物は上官と新兵、そして「語る女」(普天間かおり)の3人だけ。米軍の攻撃を避けてガジュマルの木に登った兵士2人はそのまま敗戦を知ることなく、2年間を木の上で過ごすこととなる。

 「私はいつも沖縄がどこかにこびりついている」(「沖縄タイムズ」2001年7月21日)と生前語っていた井上ひさしの原案を元に、蓬莱竜太が脚本を手がけた。演出は栗山民也。2013年に続く2度目の上演となる。

 休憩なしの約2時間。舞台には大きなガジュマルの木が斜めに立てかけられており、芝居はその上で淡々と進行する。終わってみればあっという間だった気もするが、見ている間はまるで2人の兵士と一緒に木の上で過ごしているかのように長くも感じられた、不思議な2時間だった。

上官は、典型的日本人を映し出す鏡

拡大「木の上の軍隊」公演から=谷古宇正彦撮影
 この作品は沖縄の伊江島で起こった実話から、井上ひさしが着想したものだ。だが、2人の関係を「上官=日本人、新兵=沖縄人」という構図で見せたのはこの作品のオリジナルである。「日本国を守る」という建前のもとに行動する上官と、「自分たちの島を守る」と本気で思っている新兵。決して理解し合えない2人の間の溝は、木の上という閉ざされた空間の中で次第にあからさまになっていく。

 それは端的にいうと「日本」と「沖縄」の関係の縮図でもあるということに、観客は気付かざるを得ない。時が経つごとにどんどん大きくなっていく米軍の駐屯地。上官はもはやそのことに無頓着だが、新兵にとってそれは「自分たちの島」が侵されていくことなのだ。

 山西の上官はまるで典型的日本人を映し出す鏡のようで、見ていてつらい。何層もの「恥」という概念で自分を守っているが、その中身はずるくて醜い。当初は「敵国の食料を口にするなんて」と米軍の残飯を盗んで食べることを徹底拒否していたくせに、いつの間にか都合よくそれを忘れ、次第に太っていく。後半には本当に少し太ったように見えてしまった。しかし、それもまた人間。どこかユーモラスで、ふと笑ってしまいたくなるようなところがあるのが救いである。

新兵の表情の細やかな変化に目を奪われる

拡大「木の上の軍隊」公演から=谷古宇正彦撮影
 新兵役の松下にはスターファイルでインタビューもさせてもらったが、プログラムを開いて稽古場風景の写真にまず驚いた。インタビューしたときの屈託のない表情から、いつの間にか兵士の精悍(せいかん)な顔つきになっていたからだ。その一挙一動、表情の細やかな変化に目を奪われ、思わずオペラグラスで追いたくなる。上官と違って彼の行動は常にシンプルだが、純粋な笑顔の奥に人間としての本当の賢さを感じさせる。上官が「無垢(むく)さもここまでくれば罪だ」と罵倒し恐れたのは、この賢さだったのではないかと考えさせられる。

 そして、「語る女」を演じる普天間。役名の通り、ナレーションや2人の心の声を担当したり、歌ったりする。その声は時に飄々(ひょうひょう)と、時に悲しく響き、沖縄出身の彼女ならではの思いが、抑えた演技からも切々と伝わってきた。物語が進むにつれてガジュマルの木と一体化していくかのように見え、まるでガジュマルの木の精のようだと思った。後でプログラムを読むと、「語る女」は本当にガジュマルの精霊という設定なのだと知って驚いた。

極限状態での人間の本性と、一筋の希望と

拡大「木の上の軍隊」公演から=谷古宇正彦撮影
 「木の上の軍隊」は、一面では沖縄問題にフォーカスした作品である。だが、その枠を超えて「一番恐ろしいのは何よりも人の心ではないか」との思いにもかられる。極限状態の中で露呈する人間の醜い本性が、この作品ではこれでもかと言わんばかりにさらされる。

 しかし、同時に思うのだ。互いに殺意を抱くところまで憎しみあいながら、それでも2人とも生き残ったではないか、と。そこに一筋の希望がある。最後に新兵が絞り出すかのように言う「信じるしかない」という言葉がとても、とても重い。それは、沖縄の人々の心の声のようにも思えるが、結局のところ人が最終的にたどり着かざるを得ない言葉のようでもある。

 ラストで垂直に立ち上がっていくガジュマルの木が、まるで十字架のように見えた。2人はあの後、世間からどのように裁かれたのだろう? 私は、彼らを許したいと思う。

 ところで終演直後、なぜ私は言葉を失ってしまったのだろう。時間が経って落ち着いてから、もう一度考えてみた。それは、人間の両極を一気に見せつけられた衝撃のためではなかったか。そこで、こざかしい公演評など書いてはいけない、書けない……。そんな自制心が働いてしまったのかもしれない。

【インタビュー記事はこちら

◆こまつ座 第115回公演「木の上の軍隊」
《東京公演》2016年11月10日(木)~27日(日) 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
⇒内容については公式ホームページなどでご確認下さい。

★「木の上の軍隊」スペシャルイベント
〈アフタートークショー・井上麻矢、普天間かおり〉11月26日(土)18:30公演後
※詳細は公式ホームページでご確認ください。


筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇は「愛」をどう描いてきたか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

中本千晶の新着記事

もっと見る