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 新海誠監督作品『君の名は。』の大ヒットが続いている。

映画「君の名は。」(C)2016「君の名は。」製作委員会 拡大『君の名は。』  (C)2016 「君の名は。」製作委員会
 12月5日までの102日間で累計興行収入200億618万8400円、動員は1539万人に到達。現在、日本公開映画歴代興行収入ランキング5位だが、4位超えも目前だ(表参照)。一体どこまで数字を伸ばすのか、注目に値する。また、映画だけでなく新海監督自身が書き下ろした小説版『小説 君の名は。』の部数も119万部を超え、2016年の文庫部門1位を記録している。

【表1】拡大【表1】 日本公開映画歴代興行収入ランキング

 興行的成功と高評価の勢いは国内にとどまらない。12月5日『君の名は。』はアメリカ・第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞「BEST ANIMATION賞」を受賞した。過去に同賞を受賞した日本作品は『千と千尋の神隠し』(2002年度)、『かぐや姫の物語』(2014年度)の2作品のみだ。

 実は『君の名は。』は12月2日からロサンゼルス市内の1館で1週間のみの先行公開中(アカデミー賞ノミネート資格を得るためと思われる)であり、拡大公開は2017年の予定だ。全米公開前の受賞は、今後の賞レースや本番興行に大きな影響を与えると思われる。

 10月21日に公開された台湾では、週末興行ランキング第1位、日本映画歴代興行収入の記録を更新。11月11日に公開された香港でも週末興行ランキング1位を獲得。11月24日公開のイギリスとアイルランドでも、アニメーション映画の興行記録を更新。12月2日公開の中国では、3日間で約42億円の興行収入を上げ、日本映画では過去最高となっている。12月28日からはフランス、2017年1月5日からは韓国で公開される予定だ。

 まさに国内外で2016年を代表する社会現象となった本作だが、ここまでのヒットは製作会社・配給会社はもとより誰も予想出来なかったと言って良い。想定外の膨大な観客が「観たことがない新しさ・愉しさ」を本作に感じ、劇場に足を運んだ。「何度も観たい」「周囲に勧めたい」と口コミやSNSなどで評価を拡散した成果も大きい。

 では、その「新しさ・愉しさ」を構成したものは一体何だったのだろうか。

 本作の「時空間を超えてすれ違う男女の恋愛」「生死を分かつ神聖な場所」などのモチーフは過去の多くの新海監督作品と共通しており、ファンにとっては新しくない。3・11東日本大震災後というテーマの現代性、幸福な結末の物語、大規模な宣伝戦略、潜在的ニーズといった事象を組み合わせて、様々なヒット要因が語られているようだが、本稿ではそこには触れない。あえて、作品の演出やスタッフワークから探ってみたい。

 筆者は、『君の名は。』が新海誠監督の演出・制作システム等の完成形だとは思っていない。確かに新たに獲得・達成したものは多々あるが、未だ発展途上であり、むしろ本作で浮上した課題も多々あったのではと考えている。

 本作のメインスタッフの一人、作画監督を務めた安藤雅司氏は本作について次のように語っている。

 「『君の名は。』は、新海さんが持っているマイナーな部分とメジャーな部分、作品的に点描で見せる散文性の部分と時系列で見せる物語性の部分を絶妙に繋いだものになっていて、なおかつ幅広い層が楽しめるお話になっている」(『君の名は。』映画パンフレットより)

 「マイナー」と「メジャー」、「点描の散文性」と「時系列順の物語性」という背反する傾向の融合。これほど端的に作品の本質を突いた分析はない。

 本作では、新海監督が得意とするCG・撮影・編集工程でのデジタル加工技術と、どちらかと言えば評価されて来なかった従来型のアナログ作画が拮抗していると考えるが、そのブレンドがどう行われていたのかも興味深い。突き詰めれば、表現主義と自然主義の比率の問題と言えるのかも知れない。本稿では、そうした両面について考察してみたい。

 まずは「点描の散文性」について。

ハイテンポで省略型演技を積み上げる

 新海誠監督作品は多くの場合「主観と心象」を推進軸としてきた。

 作中の各シーンは突然始まり、突然途切れる。カットは短く刻まれ、カメラは動き、アングルもカットごとに大胆に変わる。散文で書かれた日記や詩のように、作中の客観的な時間軸の流れは自由に寸断・編集され、印象深い出来事や伏線だけが切り出され積み重なる。カット間の時間と空間は「おそらくこうであろう」という観客の想像に委ね、説明されることもなく飛ばされる。

 総じて、キャラクターの演技は起点から終点までの流れを見せるのでなく、仕草の途上から始まり、途上のまま切り替わる。ロングショットで全体状況を写すことなく、近距離から身体や背景の一部分を捉えたカメラも多い。一言で言うと、時空間が断続的に綴られている。

 こうした表現主義的な傾向は新海監督のデビュー作と言われる自主制作のモノクロ短編『彼女と彼女の猫』(2000年)から既に顕著であり、後続作品でも一貫して追求されてきた。そして、どの作品も比較的スローペースの進行が多かったため、観客にとってカット間の出来事を考慮する余地があった。しかし、本作ではその傾向が高速化されているため、情報がより圧縮され、瞬時に別の時空間へ飛ぶ。一種の省略技法だが、従来作を見慣れた者でも一歩抜き出た目新しさを感じたはずだ。新海作品を未見の者なら一層新しさを感じたのではないか。

 以下、作中から幾つか具体例を示したい。

 まず冒頭、主人公である女子高生・宮水三葉の朝食シーン。 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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