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[書評]『ねえ君、不思議だと思いませんか?』

池内了 著

大槻慎二 編集者・田畑書店社主

核ミサイル保有へと向かう愚かさ

 本書は過去3、4年の間に著者がさまざまな媒体に書いてきた短い文章をまとめたものである。

『ねえ君、不思議だと思いませんか?』(池内了 著 而立書房) 定価:本体1900円+税拡大『ねえ君、不思議だと思いませんか?』(池内了 著 而立書房) 定価:本体1900円+税
 そういうスタイルで編集したエッセイ集がもう6冊にもなるというのだが、この本が今までの5冊と違うのは、3年前に教職を辞して自由の身になって初めて出す本であるということだと、著者はあとがきに書く。

 宮仕えであったとして、そのことでお上に憚(はばか)って発言を控えるような科学者ではないことは、在職中に書かれた文章の胸のすくような辛辣さに触れれば一目瞭然だが、いざ一冊にまとめようとスクラップブックに向かう時の、どこに気を遣う必要もない解放感は察して余りある。

 こういうエッセイ集、つまりあるひとつのテーマに収斂させたものではなくて、さまざまなフラグメントを集めて一冊にしたという本は、一見訴求力に乏しいように思えるのだが、編集者目線で読むと実は極めて美味しい「企画の宝庫」なのである。

 本書は発表媒体の違いによって3つの章に分かれている。1章と3章は企業がスポンサーとなっている業界誌に連載された比較的長いもので、それらに挟まれるような形で新聞に書いた時評的なコラムがまとめられている。そのどれもが文化系人間にとっては新鮮な発見に満ちていて啓蒙される。

 1章では人間と科学の付き合いの歴史が基調にあって、特に1970年代というのが科学にとって踊り場的な時代で、ニューエイジ運動やポストモダンがどのように起こり、どのような変遷を辿って今日の状況を用意したかをつぶさにして、思想も文学も含めて、いわば文化全体が同調していることに深く頷いた。

 また、科学者とお金の関係を取り上げた箇所では、国がどういう手法で国立大学を手なずけようとしているかがよく分かって、予想はついていたもののその現実に唖然とした。

 3章はこれからの時代の科学者のあり方が、遠いところまで視野に収めて論じられている。ざっくり言うと、現代は地下資源から地上資源に移行すべき文明の転換期にあって、複雑系と呼ばれる科学の限界と可能性が同居しているような問題や、生命操作が可能になってしまう時代に問われる科学者の倫理など、極めて重要な指摘で結ばれている。

 このふたつの章の間に時事コラムが並ぶわけだが、全体を通して見ると、本書の隠れたテーマは実はこのコラムの端々に潜んでいるように思われる。それを一言でまとめてしまえば、「宇宙物理学者から見る“この国の危うさ”」とでも言おうか、つまりは原発とリニア新幹線、その先に政府が目論んでいる(ように思われる)「核ミサイル保有」への道である。

 そこまで飛躍するのはいかがなものか、と言われる向きもあろうが、著者がひとつひとつ示す事実のベクトルからすれば、そうとしか考えられなくなる。

 まず、これまで日本の宇宙開発を「非軍事」とする精神が貫徹されてきたJAXA法に、「我が国の安全保障に資する宇宙開発利用を推進」という条項が書き込まれたのが2008年。それによって宇宙の軍事利用の道が拓かれた。それ以降、安保法案に代表される法改悪。憲法は日本の核保有を禁じてはいない、という政権与党によるとんでもない法解釈。そこにどう考えても割に合わない原発の存続にここまで拘泥する理由を重ね合わせれば、自ずと答えは出る。

 著者はこのところしきりに、軍学共同へと向かう大学や研究機関に警鐘を鳴らしているが、その危機感の根拠は明らかすぎるくらいにあるのだ。

 リニア新幹線については、改めて教えられることが多かった。まず、これを走らせるために必要な電力は、乗客ひとりあたりにすると新幹線の約3倍なのだそうである。これからいかにエネルギーを節約していかねばならないかという時代に、である。だから浜岡原発が必要なのだという本末転倒な駄々を、政府とJR東海が結託してこねるのは目に見えている。

 そもそもリニア新幹線が最初に提案されたのは高度成長の真っ盛りの1973年。そのときには民間の自前の事業ということで、国としての財政出動がなく甘い審査で許可したのが、実際に計画が動くようになったところで国が財政援助することになったというのも、原発事故以後の東電に対する国の姿勢を彷彿とさせる。現在の東海道新幹線に比べて乗客数は1.3倍に増え、運賃は1000円プラスするだけで済むという楽観的な考えも、何やら東京オリンピックを誘致したときの甘い計画と悲惨な現状を連想させる。

 タイトルの『ねえ君、不思議だと思いませんか?』というのは、かつて寺田寅彦が口癖のように学生に向かって語りかけた言葉だという。「私たちがつい当たり前だとして見過ごしてしまう事柄であっても、よくよく考えれば何故そうなのかがわからないことが多くあり、それに気づくようになることが科学者・技術者の第一歩であると言いたかったのだろう」と著者は記すが、もし現代に寺田寅彦が生きていたら、原子力爆弾によって未曾有の悲劇を味わった日本国民が、たかだか1世紀も経ないうちに再び原発事故という悲惨に見舞われ、なおも核を崇拝しようというその姿勢に対して、同じセリフを、しかも絶望的な気持ちで口にするだろう。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

大槻慎二

大槻慎二(おおつき・しんじ) 編集者・田畑書店社主

1961年、長野県生まれ。名古屋大学文学部仏文科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)で文芸雑誌「海燕」や文芸書の編集に携わった後、朝日新聞社に入社。出版局(のち朝日新聞出版)にて、「一冊の本」、「小説トリッパー」、朝日文庫の編集長を務める。2011年に退社し、現在、田畑書店社主。大阪芸術大学、奈良大学で、出版・編集と創作の講座を持つ。フリーで書籍の企画・編集も手がける。