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[書評]『スリープ・レボリューション』

アリアナ・ハフィントン 著 本間徳子 訳

井上威朗 編集者

「明日から本気出す」は正しかった?  

 成功者の方々が書いた本には、寝る間も惜しんで働く描写がよく出てきます。アメリカの大学院とかで頑張った人が書いた本でも、同様の展開がテンプレのように出てきます。

 激務や猛勉強をこなしながら重要な決定を下し、社交までこなして成功への階段を駆け上がる、あの感じ。そういうの読んだことある、と賛同してくれる方も多いのではないでしょうか。

 でもマネしてみたころで、だいたいうまく行かないのですよね。私も何回か、寝るのは死んだ後にいくらでもできる、とばかりに可能なかぎり起きて働いてみた時期がありますが、基本的に失敗に終わりました。眠いなあと思いながら働いていると覚醒とはほど遠く、カフェインそのほかを体に大量に注入しても効果はなく、でも仮眠しようと横になったときに限って効果が発揮されて寝付けず、疲労は消えずにイライラばかり残る。最後は大事な局面で居眠りしたり、そもそもアポをすっ飛ばしたり、無残な結果に終わってしまいました。

『スリープ・レボリューション』(アリアナ・ハフィントン 著 本間徳子 訳 日経BP社) 定価:本体1800円+税拡大『スリープ・レボリューション』(アリアナ・ハフィントン 著 本間徳子 訳 日経BP社) 定価:本体1800円+税
 一方、本書の著者であるアリアナ・ハフィントン氏は、寝ないで働いて見事に成功を収めた人です。ケンブリッジ大学在学中から同大討論会の会長として活躍。多くの著書を刊行(2冊目の出版は36社に断られてもめげずに営業して37社目で出版だそうで、とんでもない気力です)。

 数々のメディアで司会をつとめ、ついには「ハフィントンポスト」を立ち上げて世界的ニュースサイトに成長させる。さらに私生活では2人の娘を育て上げたそうで、まさに超人です。

 ところがこのハフィントン氏自身、キャリアの絶頂期に突然ぶっ倒れて人事不省となり、けっこう大変な経験をします。その後、自分が睡眠をないがしろにしていたことを深く反省して、睡眠の重要性を世界中で訴えて回る人に変身しました。

 それどころかある種の「睡眠オタク」になって、睡眠の効能とよい睡眠法を取材し勉強しまくるようになり、1200件もの注をほどこした本書『スリープ・レボリューション』に結実させたというわけです。

 そんなわけで本書、ハフィントン氏の睡眠取材の集大成と思われます。読んでいて「ちょっと盛り込みすぎでは」と思うほど、いかに睡眠不足が有害か、よく寝ることが有益か、いい睡眠を取るためにどんな方法があるか、多彩な角度から掘り下げまくっています。

 内容が濃すぎて、逆に読んでいて眠くなるほどです。と思っていると、本書には「どうぞ本を閉じてベッドへ!」というフォローも書き込まれています。ハフィントン氏自身、もしかしたら「読んで眠くなってくれる読者も大歓迎」という、ある意味で著者としては危険な思考をお持ちのようです。自分の本を読むより寝たほうがいいですよ、なんて言ってしまったら、著者商売あがったりではないですか。

 ですが、ハフィントン氏は本気です。何よりも寝ることが大事なのだ、と本書では手を替え品を替え強調します。古今東西の名作からも睡眠の効用を訴える一節を無数に引用します。科学的エビデンスも大量に参照されます。

 すると、さまざまな新発見を読者は得ることができます。そもそも「寝るのは死んだ後」という発想自体が誤りだそうです。人は、むしろ寝ているときこそ生きているらしいです。7時間以上寝ることで、脳内が掃除されて、夢からインスピレーションを得られ、肉体的コンディションも整えられ、さらにダイエットにもなる、という証拠が次々と示されます。

 仕事上の難題も、徹夜して取り組むのではなくてさっさと寝てしまえば、翌朝簡単に解決策が見つかる可能性が高いようです。寝ている間に勝手に靴を作ってくれる、童話で有名なあの妖精さんたちは実在する、というわけです。

 そこまでいわれると反論もしたくなってしまいます。寝ないで格好良く働いているCEOなど有名人が大勢実在しているじゃないか、あれはどうなんだ。生産性を上げるにはやっぱり睡眠を削ったほうがいいのでは、と。

 こうした意見について、ハフィントン氏は容赦ありません。いわく「4時間睡眠を自慢するCEOは、酔っぱらったまま意思決定していると吹聴することに等しい」そうです。科学的にも、睡眠不足の脳の状態は酩酊状態と同じ、ということが立証されているそうで、寝不足自慢は愚かさ自慢、ということになるようですね。

 じゃあハフィントン氏自身はどうなのか。若いうちからよく眠っていたら、同じように成功したと言えるのでしょうか。彼女自身よくそう問われるそうで、答えは「無条件にイエス」。それどころか、よく寝ていたらもっと人生も楽しかったはずだ、と後悔すらしてみせます。

 本書の論に従うと、睡眠時間と引き替えにキャリアを築いても、どうやらうまくいかないようです。そういえば、寝ないで頑張ったことを自慢する系の本を書いた成功者の「その後」を調べてみると、けっこう致命的な判断ミスをしていることも多いですよね。「日経ビジネス」の人気連載「敗軍の将、今を語る」を読むと、数年前に同じ雑誌でハードワーク自慢をしていたカリスマが、けっこうヤバい失敗をしでかしてしまっていることがわかり、なんだか怖くなってしまいます。

 ということで私も本書に影響され、寝ないで頑張るのをやめて、寝てから頑張るように生活を改めてみました。手始めにこの原稿、本書のアドバイスに従って、9時間睡眠を取ってから書いてみました。それで果たしていい出来になっているのやら……。

 もし読まれた方が「別にいい原稿じゃないぞ」と思われたなら、それは本書のせいではありません。私が本書のアドバイスに従わず、寝るために酒をかっくらったためだからだと思われます。ちなみに酒を飲んで寝ると、睡眠の前半は快調だが後半はダメダメになるそうです。

 ということで私にとっても、睡眠を改善するにはまだ前途は多難なようです。酒の力を借りずに快眠する方法も数多く盛り込まれた本書、寝た後でもう1回読まなければなりませんね。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在はまたWeb雑誌にて書評を担当。手がけた企画は竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』、本田透・堀田純司『メカビ』、斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(第3回いける本大賞)、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』など。