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【公演評】こまつ座『私はだれでしょう』

終戦直後の人気ラジオ番組の制作現場には、人生ドラマが詰まっていた

中本千晶


拡大『私はだれでしょう』公演から、左から尾上寛之、吉田栄作、大鷹明良、朝海ひかる、枝元萌、八幡みゆき、平埜生成=谷古宇正彦撮影

 こまつ座『私はだれでしょう』が紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて上演中だ(3月26日まで)。2007年の初演から10年、キャストを一新しての再演である。初演時には井上ひさし氏の脚本執筆が遅れに遅れ、初日が2回も延びたというが、それほど考えに考えて書き込まれたことが感じられる、濃密な3時間だった。

 こまつ座のお芝居を観た後の反応は様々だ。呆然として動けなくなったり、涙が止まらなくなったり……しかし今回の作品を観終わったとき、不思議と温かい気分になれたのは何故だろう。もちろん井上作品らしく時代を斬る鋭いメッセージは満載だし、戦中戦後に「こんなことがあったのか」という驚きのエピソードもたくさん盛り込まれている。結末だって一見ハッピーエンドとは言い難いのに、である。

 物語の舞台は終戦直後の1946年、日本放送協会(現在のNHK)の一室。かつては花形アナウンサーだった川北京子(朝海ひかる)は、戦争中に生き別れた人を探す「尋ね人」という番組の制作に熱心に取り組んでいる。CIE(民間情報教育局)のラジオ担当官として赴任して来たフランク馬場(吉田栄作)も京子に共感し、協力的な態度を示すようになる。そこにやってきたのが山田太郎?(平埜生成)と名乗る不思議な男だった。戦時下のサイパンで記憶を無くしてしまった彼は「私は誰なのか」をラジオを通じて探して欲しいと言うのだ。

 人と人を繋ぐ役割といえば今はインターネットだ。だが、この時代はラジオだった。地味ながらも聴衆からの圧倒的な支持を受けるラジオ番組「尋ね人」の制作現場、ここで投げかけられる様々な問題はみんな今の時代にもつながっている。この作品、じつは極めて現代的な話なのかもしれないと思う。

幾つもの人生ドラマが重層的に流れる

拡大『私はだれでしょう』公演から、左から朝海ひかる、吉田栄作=谷古宇正彦撮影
 「凛とした」という表現がぴったりの川北京子(朝海)。彼女が華やかな地位を捨ててこの番組に取り組むのには訳があった。責任を一身に背負おうとする姿も、部下たちに発揮するリーダーシップもキリリと頼もしく、今でいうと「上司にしたい女性ナンバーワン」といったところか。真のカッコ良さとは何かを考えさせられる女性だ。

 フランク馬場(吉田)も二重国籍という複雑なバックグラウンドを背負い、そんな自分だからできるある使命を実現しようとしている。華やかな外見に加え、優しさと包容力を感じさせる。「監視される側」である京子たちが次第に心を開いていくのも納得だ。

 だが、この作品は2人だけが中心の物語ではない。並行して他の登場人物たちのバックグラウンドも少しずつ明かされていき、幾つかの人生ドラマが重層的に流れていく。いつだって明るく元気いっぱい、ムードメーカーの三枝子(枝元萌)は、劇作家になるという夢を目指して修行中だ。一見、堅物の放送用語調査担当である佐久間(大鷹明良)も、じつは意外な経歴を持っている。雑務を一手に引き受けるしっかり者の圭子(八幡みゆき)が、最後の最後にこの物語の鍵を解き明かすのに大奮闘する。

 当たり前のことだが、のっぺらぼうのような人はいないのだ。登場人物それぞれが意外な素顔を持ち、重いものを背負いながら生きている。いや、彼らだけじゃない。背後の棚に山のように保管された「尋ね人」依頼の手紙の一通一通に人生ドラマが詰まっている。そんな一人ひとりの人生を愛おしむ感じが、この作品を温かくさせているのかもしれない。

◆公演情報◆
2017都民芸術フェスティバル参加公演
こまつ座第116回公演『私はだれでしょう』
2017年3月5日(日)~26日(日) 東京・紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
2017年3月30日(木) 山形・川西町フレンドリープラザ
2017年4月8日(土) 千葉・市川市文化会館 大ホール
[スタッフ]
作:井上ひさし
演出:栗山民也
[出演]朝海ひかる、枝元萌、大鷹明良、尾上寛之、平埜生成、八幡みゆき、吉田栄作、朴勝哲(ピアノ奏者)
公式ホームページ

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇は「愛」をどう描いてきたか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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