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[書評]『アウトサイダー』

フレデリック・フォーサイス 著 黒原敏行 訳

小林章夫 上智大学教授

波瀾万丈の自伝  

 一気に読了。実に読み応えのある自伝だった。

『アウトサイダー——陰謀の中の人生』(フレデリック・フォーサイス 著 黒原敏行 訳 KADOKAWA) 定価:本体2000円+税『アウトサイダー――陰謀の中の人生』(フレデリック・フォーサイス 著 黒原敏行 訳 KADOKAWA) 定価:本体2000円+税
 特にいいのはフォーサイスの幼少期から成人するまでの部分。

 父親の見事な生き方と一人息子への愛情。稀有なほどの恵まれた環境で、フォーサイスは多くの外国語をマスターし、持ち前の行動力で多くの場所を訪れる。恐ろしい経験もするが、この男のエネルギーは決して枯れることがなかった。この自伝の前半が特に目覚ましい。

 また、やはりフォーサイスは傑出したジャーナリストだったことがわかる。

 しかもその経歴を知ると、彼はエスタブリッシュメントに属する人間ではなかった。ある意味では、この自伝のタイトルが示すように、アウトサイダーであって、地方の名もないような新聞社からスタートして、やがて世界を股にかけた活躍をしたのである。そして何といっても、その基本にあったのは、彼のたぐいまれな好奇心と行動力だった。

 その意味で本書の後半部で出色なのは「記憶」と題する章だろう。ビアフラの悲劇、惨状を世界に先駆けて報道し、母国イギリスの失敗を厳しく剔抉(てっけつ)する姿勢。そこに「アウトサイダー」に徹するフォーサイスの矜持を読み取ることができる。

 もちろんフォーサイスの名前を世界に知らしめたのが『ジャッカルの日』(角川文庫)『オデッサ・ファイル』(角川文庫)であることは言うまでもない。それ以後の作家としての人生を否定するつもりはないし、事実、以後の小説作品も優れた出来である。随分楽しませてもらったと、正直に告白しておく。

 ただし、さらに正直に告白すれば、最近の作品は確かに華々しいけれども、もう一つ「滋味」に欠けるような気がする。何だかクライヴ・カッスラーに似ているような気がするのだ。筋立ては大仰だが、人間が見えてこない。

 それはともかく、この自伝を読むとフォーサイスの真骨頂がやはりジャーナリズムの世界にあったことが、今さらながらよくわかる。そうしたフォーサイスの姿がよくわかる、それが本書の優れた魅力である。優れた翻訳でこの自伝を送ってくれた訳者の労に感謝したい(あえて瑕瑾(かきん)を申し上げると、地名の表記に首をかしげる箇所があった)。

 というわけで、あとはジョン・ル・カレが自伝を書いてくれないか、願うことしきり。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。