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[書評]『写真民俗学』

芳賀日出男 著

野上 暁 評論家・児童文学者

95歳の写真家による驚嘆の比較伝承文化論だ!  

 旧満州の大連で生まれ、小学生のときに自分のカメラを買ってもらって写真を撮り始めてから90年。現在95歳、日本や世界の祭りや民俗芸能写真の第一人者にして、日本写真家協会設立者の1人でもある写真界の大長老が、これまで世界各地で取材した貴重な写真をもとに、人と神々の交わりを丹念に読み解いた東西の比較伝承文化論ともいえる驚嘆の一冊である。

『写真民俗学——東西の神々』(芳賀日出男 著 KADOKAWA) 定価:本体2500円+税拡大『写真民俗学――東西の神々』(芳賀日出男 著 KADOKAWA) 定価:本体2500円+税
 慶応大学在学中に折口信夫の授業を2年間にわたって受講し民俗学に傾倒する。平凡社の「太陽」が創刊されると、谷川健一の編集長時代に宮本常一に写真が評価され取材に同行する。

 「太陽」の仕事で岡正雄に出会い、オーストラリアの田舎にも鬼が出ると教えられ興味を持つ。昔話研究者の関敬吾の仲介でウィーン大学から東大に来ていたヨーゼフ・クライナーを紹介されて、男鹿半島のナマハゲに案内し、その縁で現地の鬼(クランプス)に出会う。

 若くして民俗学研究の泰斗といわれる人々と深くつきあい、そこで培われた豊富な知識をもとに、現地で体感しレンズを通して感知した世界各地の神々の姿は、実に興味深い。それぞれの土地に根差した人間の精神世界の深さと、それを伝承する人びとの叡智が炙りだされてくる。

 全体が「神を迎える」「神を纏う」「神が顕る」「神に供す」の4部14章から構成されている。第一部の「神を迎える」は、第一章「来訪神」から始まる。見開き扉の全面に拡がる茨城県大洗海岸のシルエットになった鳥居と、背景の海原が黄金色に輝く元旦のご来光が神々しい。14の章扉に、すべて見開き断ち切りのカラー写真が配され、どれもが章のテーマを魅力的に表現していて味わい深い。

 数年前に、ドイツのクリスマスマーケットを訪ね回ったことがある。そこにサンタクロースの姿がないのをいぶかって、現地の人に尋ねると、聖ニコラウス(サンタクロース)の祭は12月初めに終わったという。その意味が、この本を読んで初めてわかった。

 ヨーロッパでは、冬至の前後に冬祭りや新しい年を祝う祭礼が多いのだという。冬至を境に太陽は新しいエネルギーを宿して蘇ると信じられていた。オーストリアの寒村では、毎年12月5日にクランプスという鬼が暴れまわり、聖ニコラウスがそれを鎮める。クランプスは、ゲルマン民族はじめ北方民族の歳迎えの祭事に欠かせない来訪神である。この祭事は、ヨーロッパ各地に伝承されていて、クリスマスと聖ニコラウスの祭りは別物だったのだ。

 日本でも新年を迎える祭事に、鬼のような怪物が登場する。大晦日の夜に、家々を訪ねて無病息災や豊年豊魚を祈念する男鹿半島のナマハゲや、奥三河の花祭りに登場する榊鬼、能登半島のアマメハギ、鹿児島県甑島(こしきしま)のトシドンなどの異形の鬼面は、ヨーロッパのクランプスと通底する来訪神だ。新しい年を迎える歳神の、東西の類似性はなかなか示唆的だ。

 第二章の「柱と塔」の東西の共通性も興味深い。今でも身近で行われる棟上げの儀式から始まり、「みかえり婆さん」という妖怪封じのために2月8日に目籠を立てる長野県飯田市の習俗。諏訪大社の御柱など各地に伝わる柱祭り。そこにスウェーデン・シリアン湖畔の夏至祭りにおける柱や、メキシコの30メートル近い柱の上で演じられるパフォーマンス、タイのスコータイの仏塔、ネパールのストゥーパ(仏舎利塔)などが加わり、天に向かって高く伸びる柱や塔の持つ信仰的な意味を解読する。

 第二部「神を纏う」の「装飾」「仮面」「人形」も意味深長だ。パプアニューギニアの様々な部族が装飾と仮面を競い合うシンシン祭り。南インドの舞踏劇カタカリ。そこに、藁の蓑傘を纏(まと)って少年たちが踊る南薩摩の十五夜ソラヨイや、鹿児島県悪石島のボゼ祭り、沖縄久高島のイザイホーが対置される。「仮面」に至っては、その多様さと造形の妙に魅了される。「人形」も、インドネシアの影絵芝居ワヤンクリ、ベルギーのネコ祭りと多彩だが、土佐のいざなぎ流祭文のヒナコ幣は不気味だ。

 獅子舞も日本の祭りには欠かせないキャラクターだが、これほど多様であるとは驚きだ。「龍/竜」では、南ドイツの竜退治劇と信濃の龍神祭り、出雲の八岐大蛇退治、ベルギーの竜退治、中国の竜船競漕、長崎のペーロンと、様々な竜の姿が紹介される。祭りに登場する様々な巨人、長野のドウロクジン、秋田各地の巨大な藁人形、台湾の巨人神、南インドのシヴァ神などなど、異形の巨人たちの姿かたちにも圧倒される。

 写真民俗学とは言い得て妙である。世界各地の120以上もの祭礼をカメラで写し取り、その地域の習俗を丹念に記録して、人々の自然に対する畏怖や願いや叫びや共同幻想をみごとに読み解いてみせる。そして東西の類似性と差異を屹立させるところに、類まれな比較伝承文化論としての芳賀写真民俗学が成立しているのだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。