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[書評]『交換・権力・文化』

桜井英治 著

奥 武則 ジャーナリズム史研究者

わが隣人、室町人の経済活動  

 今世紀の歴史学は、たぶん脳科学とこれまでになく親密な関係を取り結びながら進められてゆくにちがいない。

 著者は本書の「序論」を、こう結んでいる。日本中世史のガチガチの学術書なのに、かなり風変わりな書名である。それに引きずられて、書店で手に取った。「序論」(ここまでは立ち読みした)の最後に、こんな言葉に出会って、びっくりしつつ、「これは面白いに違いない」と即、購入した。

『交換・権力・文化——ひとつの日本中世社会論』(桜井英治 著 みすず書房) 定価:本体5200円+税拡大『交換・権力・文化――ひとつの日本中世社会論』(桜井英治 著 みすず書房) 定価:本体5200円+税
 「脳科学」はむろんのこと、「日本中世史」についてもまったくの非専門家である私には、この結びの一節の意味するところは、もう一つ分からなかった。だが、私の立ち読みの直感は間違っていなかった。

 14世紀初頭から16世紀初頭、「学校日本史」の言い方では、「室町時代」における経済生活の実相が史料博捜を通じて描かれる。

 この時代、日本史上で贈答儀礼がもっとも肥大化した時代だったという。

 折紙(おりがみ)という、これも私にとっては初耳の名前の贈答品が登場する。銭を贈答する際にはまず額面を記した目録を受贈者に手渡す。料紙を上下二つ折りにした折紙が使われたことから、この目録も折紙(折紙銭)と呼ばれるようになった。

 折紙の手交から実際に現金が引き渡されるまでに数年を要する場合もあった。折紙による約束が履行されない、現代で言えば、デフォルトさえまれではなかった。折紙を受け取った将軍はそれを第三者に譲渡することができた。折紙どうしの相殺も可能だった。つまり、折紙は事実上の約束手形に転化していたのである。

 贈答儀礼といえば、文化人類学が明らかにしているポトラッチを思い浮かべる人が少なくないだろう。ポトラッチは北米先住民の間で行われていた「贈与競争」である。競争相手を打ち負かすために全財産を投げ出すこともあったとされた。

 その後の研究でもともとポトラッチはもっとマイルドなものだったことが明らかになっているという。それはともかく、身分制社会である室町時代は非ポトラッチ社会だった点が重要である。

 贈与は基本的に身分的に上位にあるリーダー(典型的には将軍)に対して行われる。リーダーは「気前のよさ」を見せるためにポトラッチ的行為を行うこともないわけではなかったが、権力が確立するとともに、その必要がなくなる。著者は“与える権力”から“受け取る権力”への変質を指摘する。

 上から下への垂直的贈与には対等の者の間で行われる水平的贈与のような互酬性の原則は見られない。しかし、そこには一段高いレベルで互酬性が成立している。ホッブズの「保護の購買」という言葉を引いて、著者はこのレベルの互酬性を説明する。

 互酬性の原理そのものはかたちを変えて生き残る。“受け取る権力”となったことによって室町幕府の「贈与依存型財政」は可能になった。

 室町時代の贈与経済の構造に光を当てた著者はさらに貨幣史とのリンクを試みる。

 貨幣というのはまことに謎に満ちている。中世後期にはさまざまな貨幣が登場し、商品流通の場で「交換価値」を持った。貨幣は贈与経済とは違う市場経済の主役である。著者は基本的にモノの価格が需要・供給関係によって決まる価格メカニズムがあったことや、大口消費者の実務担当者がそのメカニズムをよく理解し、合理的な消費者行動をとっていたことを明らかにしている。「経済人(ホモ・エコノミクス)」が、この時代にもたしかにいたのである。

 先に折紙が事実上の約束手形になっていたことにふれたが、現代で言えば借用証書に当たるだろう借書(しゃくしょ)が14~15世紀には広く流通していた。債権という概念が成立し、それが譲渡可能な社会が立ち現われたのである。

 借主がいて、借手がいる。両者は顔のみえる関係である。ところが、借書という文書を債権として譲渡すると、債権者と債務者の間は顔のみえない関係になる。債権が譲渡可能な社会では、個別の人格と切り離しうる世界で人々は経済活動を行ったのである。

 しかし、16世紀になると、債権の流通は制限され、明らかに顔のみえる関係への回帰が見られるという。

 なぜなのか? 著者は「その原因はおそらく経済構造の変化だけでは説明できないだろう」と述べる。「あとがき」では「顔のみえない関係というものは、無限に拡大しつづけることはできず、あるところまで進むとかならず顔のみえる関係への揺りもどし・回帰がおこると確信している」とも書く。

 おそらくこの辺りに著者は歴史学と脳科学との接点を見ているようだ。門外漢には分からないが、おそらく学界的にみれば、本書は相当に論争的な書物なのだろう。それはともかく、読後、室町人たちがわが隣人のように思えてきた。脳科学はおくとして、「人間と経済」について思考する私の脳が十分刺激されたことは間違いない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

奥 武則

奥 武則(おく・たけのり) ジャーナリズム史研究者

新聞社に33年、後に大学教師14年(法政大学社会学部、2003~2017年)。新聞社では学芸部が長かった。最後は朝刊1面のコラムを担当した。著書に『論壇の戦後史 1945-1970』(平凡社新書)、『露探――日露戦争期のメディアと国民意識』(中央公論新社)、『ジョン・レディ・ブラック――近代日本ジャーナリズムの先駆者』(岩波書店)、『幕末明治 新聞ことはじめ――ジャーナリズムをつくった人びと』(朝日新聞出版)など。