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【公演評】こまつ座『イヌの仇討』

吉良上野介の側から見た「忠臣蔵」の世界、見えてくるものはいったい何か?

中本千晶 演劇ジャーナリスト


拡大『イヌの仇討』公演から、左から、大谷亮介、尾身美詞、加治将樹、三田和代、大手忍、彩吹真央=谷古宇正彦撮影

 7月5日、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて幕を開けた、こまつ座『イヌの仇討』は、吉良上野介の側から描いた「忠臣蔵異聞」ともいうべき作品だ。29年ぶりの再演で、演出を手掛けるのは東憲司。赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした2時間ほどが描かれるが、四十七士は一人も出て来ない。舞台は終始、吉良上野介らが潜む味噌蔵の中だ。

 これまで、歌舞伎や文楽、ドラマなどで「忠臣蔵」には何度となく触れてきた。タカラヅカでさえ上演したことがあるくらいだ(1992〜93年・雪組)。そこで描かれる吉良上野介は、常にステレオタイプな小憎らしい白髪の老人だった。だが、この作品で描かれる上野介はまったく違う。忠臣蔵好き日本人としては、まずそこに驚かされる。

 しかし、この作品の真髄はそれだけではない。さらに物語が進み、「なぜ大石内蔵助は吉良上野介を打たねばならなかったのか」の真意が明らかになるにつれ、観客はもっと唖然とさせられる。この重層性、まるで森の奥深くに分け入っていくかのようなスリリングな展開こそ井上ひさし作品の真骨頂である。

コメディからサスペンスへ、分け入るように

拡大『イヌの仇討』公演から、左から、木村靖司、三田和代、加治将樹、植本純米、尾身美詞、大谷亮介、久保酎吉、大手忍、彩吹真央=谷古宇正彦撮影

 1幕は、狭い味噌蔵の中に凝縮された濃い人間模様が見ものだ。登場人物たちの個性と個性のぶつかり合いを、ほとんど台詞の応酬だけで鮮やかに見せていく。死と隣り合わせの空間のはずなのに、何故か可笑しな事件が次から次へと起き、笑いが絶えない。いっぽう元々の「忠臣蔵」では正義の味方であるはずの赤穂浪士は、この作品では姿を一切見せない。壁の外から聞こえるその声だけが次第に大きくなる、ひたすら恐怖感を掻き立てるだけの存在だ。

 上野介の傍に控える二人の女性、吉良家の女中頭であるお三さま(三田和代)と、上野介の愛妾であるお吟さま(彩吹真央)が好対照だ。どこまでも誇り高く気丈なお三さまと、どこまでも愛のために生きる健気なお吟さま。お家の誉れか吉良さまのお命か、守りたいものは違えど上野介を想う気持ちの強さは変わらない。同じ女性としてどちらの生き方にも憧れるし共感できる。それだけに、女の意地をかけたバトルには手に汗握ってしまう。

 緊迫感みなぎる場面が続く中で、坊主の牧野春斎(石原由宇)が登場するとホッと一息つける。茶道の名人でもあった上野介の愛弟子であった春斎は、皆から愛されるマスコットのような癒しの存在である。

 だが、1幕ラストあたりから、物語は次第にサスペンスのおもむきになってくる。「吉良上野介が浅野内匠頭をいじめ抜いたというのは本当?」「悲劇のヒーロー扱いの浅野内匠頭の素顔はいかに?」よく言われている通説が、まるでオセロの石がひっくり返っていくかのように次々と覆されていく。真実が明らかになればなるほど、大石内蔵助には上野介を討つ理由がない。「では何故、大石内蔵助は吉良上野介を討たねばならなかったのか?」やがて物語の中心は、その謎解きに移っていき、姿のない内蔵助の存在がクローズアップされていく。

◆公演情報◆
山形新聞・山形放送 後援
こまつ座118回公演
『イヌの仇討』
2017年7月5日(水)~23日(日) 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
[スタッフ]
作:井上ひさし
演出:東 憲司
[出演]大谷亮介、彩吹真央、久保酎吉、植本潤、加治将樹、石原由宇、大手忍、尾身美詞、木村靖司、三田和代
公式ホームページ
彩吹真央インタビュー

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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