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必見! B級ノワールの狂おしい傑作『拳銃魔』

破滅に向かって生き急ぐCrazyな男女

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 1930年代前半(経済恐慌期)のアメリカ中西部で強盗を繰り返した実在のアウトロー・カップル、ボニーとクライド。このアベック強盗を主人公にした映画では、アーサー・ペン監督『俺たちに明日はない』が最も有名だ(1967、フェイ・ダナウェイ、ウォーレン・ベイティ主演、112分、カラー)。

「シネマヴェーラ渋谷」のサイトより拡大「シネマヴェーラ渋谷」のサイトより
 しかし、アメリカン・ニューシネマの先駆とされるこの映画の十数年前に、くだんの神話的カップルの出会いから死までをパセティックに描いた狂おしい傑作が撮られている。

 東京・シネマヴェーラ渋谷で、8月13日、16日、18日に上映される、「B級映画の帝王」ジョゼフ・H・ルイス監督のフィルム・ノワール、『拳銃魔』(1949、モノクロ)であるが、そのエモーションの苛烈さ、展開の素早さ、アクション演出の切れ味を前にすると、『俺たちに明日はない』の饒舌さは一気に色あせる。というか、この2本はモデルこそ同じだが、まったくタイプの異なる映画であり、比較するのは野暮かもしれない。

 ともかく、一組の男女の心理や性愛を冗長にエキセントリックに描く『俺たち――』に対し、フィルム・ノワール(情痴犯罪映画)全盛期――1940~50年代/古典的ハリウッド映画後期――に撮られた『拳銃魔』は、破滅に向かって生き急ぐ男女の息遣いを、カメラがそのまま生け捕りにするかのような息せき切ったスピード感で、見る者を圧倒する(87分!)。なお原題は“Gun Crazy”。

善良な拳銃魔と宿命の女

――『拳銃魔』では、カップルの役名はボニーとクライドではなく、それぞれアニー、バートとなっているが、子供の頃から銃の魅力に取り憑かれていたバートは、射撃訓練に夢中になる。しかし心優しい性格の彼は、けっして生き物を撃とうとはしなかった。

 そんなバートの少年時代を描く短い序章が終わると、並外れた射撃の腕前を持つバート青年が登場する(演じるは、ヒッチコック監督の『ロープ』(1948)で同性愛者の殺人狂に扮した優男(やさおとこ)、ジョン・ドール)。第二次大戦の終結後、故郷のスモールタウンに復員してきたバートは、折しも町で催されたカーニヴァルで、「ワイルド・ウェスト・ショー」のような西部劇風の射撃の曲芸を見物するが、その舞台に登場するのが、腰に二丁拳銃を下げ、形の良いヒップをぴっちりと包んだパンツを穿いた、ウェスタン・スタイル/カウガール姿のアニー(ペギー・カミンズ!)なのだ。金髪で色白、額が秀(ひい)でた、美人だがサメのような丸い目を異様に輝かせたアニーは、腰をくねらす挑発的な闊歩(かっぽ)で舞台に登場するや、いきなり抜いた二丁拳銃を天井に向けて続けざまに発射する。

 その様子を山田宏一は巧みにこう書く――「……大股でさっそうと舞台に歩き出てきた小柄な彼女〔アニー〕が、やにわに二丁拳銃を腰から抜くや、両手を高々と上げて、宙にぶっぱなすところがロー・アングルでとらえられる。小柄で細身のわりには拳銃をにぎる手の大きさ、たくましさが強烈に印象的で、拳銃に魅せられた女の肉体的な歓びが画面に飛び散ってくるような衝撃だった」(山田宏一『新編 美女と犯罪』、ワイズ出版、2001、159頁)。

 まさしくアニー/ペギー・カミンズもまた、バート同様、銃を偏愛する“拳銃魔/Gun Crazy”なのだが、善良なバートとは対照的に、アニーは凶暴な射殺魔、すなわちフィルム・ノワールに欠かせない、男を悪の道へと引きずり込むファム・ファタール/宿命の女でもあった。

 さて、アニーが披露した曲撃ちに続くのは、舞台上で彼女と射撃の腕を競いあう挑戦者を客のなかから募る、というアトラクションだが、そこでバートが舞台にのぼる(なんという鮮やかな見せ場の設定!)。6本のマッチ棒を突き立てた冠のような被り物を、まずバートが頭にかぶり、アニーが拳銃をマッチ棒に狙いを定め、撃つ。弾丸でマッチ棒を擦(かす)ることで点火するという、狂気じみたガン・プレイだが、アニーの放った銃弾は、最後の1発だけ的を外す(つまり6本目のマッチ棒の着火に失敗する)。ついで、こんどは同じ被り物をアニーがかぶり、バートがその的を撃ち、6本のマッチ棒すべての着火に成功する。その瞬間、アニーはエクスタシーに貫かれたような、恍惚とした表情を浮かべる(誰も被弾しないのに、いや誰も被弾しないゆえに、なんともハラハラドキドキするシーンだ)。

 それにしてもこの、crazyなガン・プレイを介したスリリングな“ボーイ・ミーツ・ガール”の場面――死と隣り合った官能の興奮すら伝えてくる――は、射撃の形をとった倒錯的なラブシーンでなくて何だろう(このバロック的ともいえる白熱したシーンで恋に落ちた二人は、やがて結婚する)。そして、以後バートは、贅沢な暮らしに憧れるアニーにそそのかされる形で、彼女と共に悪業の道をひた走る――。

映画史上の名シーン

 『拳銃魔』を傑作たらしめているのは、 ・・・続きを読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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