繰り返される「炎上」、五輪起用はそろそろレッドカードでは?
2017年08月18日
月曜日の朝、スカートを切られた
通学電車の誰かにやられたんだろう
どこかの暗闇でストレス溜め込んで
憂さ晴らしか 私は悲鳴なんか上げない
問題はただの炎上に留まりません。実際にスカートを切られる被害に遭ったことがあるという女子学生が、テレビでこの曲を耳にして「嫌な思い出が蘇り電車に乗るのがまた怖くなりました」と訴え、change.orgで署名活動を始めています。
被害の状況を描いていながら、被害者をエンパワーメントする(力づける)わけでもなく、むしろ「私は悲鳴なんか上げない」というメッセージで“抑圧”をかけているわけですから、被害者が「セカンドレイプ」だと感じるのも当然です。
「犯罪を描いているということならば、バイクを盗んだ少年を歌った尾崎豊の曲『15の夜』と同じではないか」という反論が出ているようですが、両者は全く違います。尾崎豊の曲は決して「バイクを盗まれても私は悲鳴なんか上げない」と、被害者に泣き寝入りさせるような圧力を述べた歌詞を書いたわけではありません。
秋元氏は謝罪文を発表して、歌詞を変更するべきでしょう。
また、同じ欅坂46の「サイレントマジョリティー」や「不協和音」の歌詞を見て気がついたのですが、これらの曲の主語は「僕(ら)」となっており、社会からの解放を訴えている内容です。ところが、「月曜日の朝、スカートを切られた」では主語が「私」となっていて、逆に抑圧をかける内容となっています。
政治問題や男性に対しては非常にリベラルな主張をしているのにもかかわらず、相手が女性となると急に差別的な考えになる人のことを、ネットスラングで「リベラルセクシスト」というのですが、秋元氏のこの使い分けはまさにそうではないでしょうか? これは女性も男性も同じと捉えていないことが原因だと思います。
杉田聡 秋元康氏「月曜日の朝、スカートを切られた」批判――「表現の自由絶対主義」の陥穽(WEBRONZA)
杉田聡 「秋元康問題」の本質は「ヘイトスピーチ」である――「欅坂46」が、在日韓国人・朝鮮人について歌った場合を想定する
さらに、炎上事件が起こった直後のタイミングで、欅坂46で実際にトラブルが続いているようです。
欅坂46は初の全国ツアー神戸公演で、センターを務める平手友梨奈さんが、体調不良のため、ライブの後半に倒れて離脱してしまったというのです。ライブの様子を報じる記事をいくつか見てみると、「他のメンバーたちの動揺は尋常ではなく、困惑する姿や号泣する姿が観客席からもはっきり確認できたほどだった」とのことで、プロのパフォーマンスとは思えない異常な事態です。
ところが、運営側は2日目の8月3日にも平手さんを休ませることなく、強行出場させ、結果的に途中リタイアしてしまっています。
もしかしたら平手さんが自らステージ登壇を願い出たのかもしれませんが、彼女はまだ高校1年生、16歳の子供です。自身の体調管理をしっかりとできないことを前提に大人が管理すべきであり、今回の事態は運営側の過失でしょう。
さらに、問題はそれだけに留まりません。
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