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トニー賞作品賞『ディア・エヴァン・ハンセン』評

現代を鋭利に切り取る新しい手法の魅力

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

トニー賞作品賞を受けた『ディア・エヴァン・ハンセン』の舞台。(C)Matthew 
Murphy
拡大トニー賞作品賞を受けた『ディア・エヴァン・ハンセン』の舞台 (C)Matthew Murphy
 社会適応障害を抱える男子高校生が、SNSを通じて有名人になってしまう――。今年のトニー賞作品賞を受けた『ディア・エヴァン・ハンセン』は、オフ・ブロードウェイ(2015年初演)から上がってきたミュージカルで、ごく現代的なテーマを優れて斬新な手法で描出するのに成功している。

 まずは、あらすじを紹介しよう。ミュージカルにしては、かなりデリケートで手の込んだストーリーだ。

 主人公のエヴァン・ハンセンはセラピストに勧められて、自分宛の手紙を書いている。シングルマザーの母ヘイディは息子に構う時間を取れないでいたが、エヴァンが夏の間に木から落ちて折った腕のギプスに他の生徒からサインしてもらって、友人を作ったらどうかと持ちかける。アメリカでは友人がギプスにサインする習慣がある。

 一方、エヴァンがひそかに思いを寄せる女子生徒ゾーイの家では、兄のコナーが朝っぱらからドラッグでハイになり、父やゾーイと険悪な雰囲気に陥っている。

 登校したエヴァンは野心家の女子生徒アラナ、皮肉屋の男子生徒ジャレッドにギプスを見せたが、二人ともサインしようとしない。続けて会ったコナーからはいきなり面罵される始末。エヴァンは人生この先ずっと無視され続けるのが運命なのかと絶望する。

 エヴァンは、ゾーイに希望を託した自分宛の手紙をコンピューター室で印刷したところで、コナーと出くわす。コナーは朝よりも機嫌がよく、エヴァンのギプスにサインしてくれる。だが、エヴァンの手紙を見て妹のゾーイに言及してあることに色めき立ち、その手紙を奪い去ってしまう。

 数日後、エヴァンが学長室に呼び出されると、コナーの両親が待ち受けていた。なんとコナーが自殺したというのだ。理由はわからない。両親は、遺体のポケットから見つかった「エヴァン宛」の手紙を、コナーがエヴァンに宛てた遺書だと勘違いして、二人が親しい仲だったのかと尋ねる。

 悲しみに暮れる両親を前にして、エヴァンは親友だったと嘘を吐いてしまう。そしてジャレッドの助けを仰ぎながら、コナーと交わした偽メールを作り上げる。

 やがてエヴァンは、コナーの自殺という痛ましい事件が風化しつつあることに対して「誰だって忘れ去られない価値がある」と発奮する。そこでアラナとジャレッドの協力、コナーの両親の了解を得て、コナーの志を継ぐ「コナー・プロジェクト」を立ち上げる。

 コナーの孤独と悲劇についてエヴァンが語ったスピーチ映像がSNSにアップされると、飛躍的にフォロアー数が増え、エヴァンは瞬く間に有名人になる。「コナー・プロジェクト」として、エヴァンとコナーが親密に過ごした(という)廃リンゴ園のリニューアルにエヴァンとアラナは募金を集める。そのPR映像はSNSを通じてさらに拡散してゆく。

 やがてアラナは、エヴァンとコナーの友情が捏造だと気づく。エヴァンはアラナに真実を伝えようと、「コナーの遺書」とされている件の手紙のコピーを送る。ところが、アラナはその手紙をネット上で公開してしまい、有名になった故人の「遺書」だけに、マスコミのニュースでも取り上げられる騒ぎとなる。

 その「遺書」のせいで、コナーを死に追いやった責任があるとしてコナーの一家は世間のバッシングを受け、いやがらせの電話までかかってくるようになる。窮状を見かねたエヴァンは、コナーの両親とゾーイに泣きながら真実を打ち明ける。唖然とする一家と、いたたまれないエヴァン。そんなエヴァンに対して、母ハーディだけは理解を示す。

 そして1年後、苗木が育ちつつある果樹園で、エヴァンはゾーイと再会を果たす……。

観客の胸を直撃する楽曲

 適応障害の若者の苦悩、情報が一人歩きするSNSの怖さに加え、家族内の軋み、友情の行き違い、人間的感情の麻痺など、現代が内包するセンシティヴな問題を鋭角的に切り取った傑作である。

 だが、このミュージカルが秀逸なのは、 ・・・続きを読む
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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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