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「君の名は。」は大ヒット上映が続いている=(C)2016「君の名は。」製作委員会拡大『君の名は。』 (C)2016「君の名は。」製作委員会
 2016年8月26日に公開された映画『君の名は。』(新海誠監督)は、1年間で興行収入250億3000万円に到達(2017年7月)。今年7月26日に発売されたBlu-ray・DVDソフトはスタンダード・エディション、コレクターズ・エディションなど様々な形態で発売され、わずか1週間で総計63.8万枚の大ヒットを記録している。桁違いの歴史的ヒット作であり、この1年間、実に様々なその要因分析が行われてきた。しかし、ヒットの要因を作画に求めた取材や分析は極めて少なかった。

 安藤雅司氏は『君の名は。』のチーフ作画監督を担い、田中将賀氏と共にキャラクターデザイン(主に田中氏のデザインを作画用に整理)を務めた。新海誠監督はアニメーター出身でないことから、自ら作画指揮を担う宮崎駿監督や米林宏昌監督とは演出スタイルが異なる。作画については安藤氏が実務を担い、原画メンバーの多くも招集している。膨大な観客を感動させた演技設計の最終的なイニシアチブも安藤氏の仕事に依るところが大きかった。

 新海監督は安藤氏の仕事に対して以下のように記している。

 「圧巻でしたし、自分がアニメーション作りを何もわかっていないということを――もちろん、安藤さんはそういう言い方はしないですけれども、改めてつきつけられた気がします」(『Febri Vol.37』一迅社、 2016年)

 「映画本編への安藤さんの本当に献身的な仕事ぶりのおかけで、僕はアニメーション映画制作という修羅場めいた現場でも安心して、小説を書く時間を作り出すことができた」(『小説 君の名は。』「あとがき」、角川書店 、2016年)

 ソフトを購入された方は『君の名は。』のエンドクレジットを見て欲しい。「原画」の筆頭は稲村武志氏である。通常エンドクレジットの氏名順は作品への貢献度や作業量の指標である。しかし、稲村氏がこの作品にどのように関わり、どんな成果を残していたのかは全く知られていない。安藤氏はかつて本作の好きなシーンの一つとして稲村氏の担当したシーンを挙げ、次のように語っている。

 「求められているシーンの内容自体の劇的高揚と、そこにうまく合致した芝居表現が出来ていると感じるからです」(『君の名は。パンフレット Vol.2』東宝 、2016年)

 対談の第2回は、安藤氏と稲村氏にとって『君の名は。』はどういう仕事であったのかに始まり、『君の名は。』と『メアリと魔女の花』の意外な繋がりに至るまで、さらに深い話題へと進んでいく。 (司会・構成/叶 精二)

安藤雅司(あんどう・まさし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。1990年、スタジオジブリ入社。2003年からフリー。主な作画監督作品に『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ももへの手紙』『思い出のマーニー』『君の名は。』など。
稲村武志(いなむら・たけし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。シンエイ動画で動画・動画チェックを担当後、1991年、スタジオジブリ入社。2014年退社後フリーを経て、2017年よりスタジオポノックに所属。主な作画監督作品に『ハウルの動く城』『ゲド戦記』『コクリコ坂から』『メアリと魔女の花』など。

綺麗な絵をどう動かすか

――スタジオジブリを経て、今敏監督や沖浦啓之監督といった方々の作品で緻密な作画方向を極めていらした安藤さんが、静的で動かない絵の美しさが印象的だった新海誠監督の長編『君の名は。』(2016年、新海誠監督)の作画監督に就任された時は驚きました。それこそ、垣根を越えたと申しますか、ある意味で閉塞感を突破する勇気ある決断だったのではないでしょうか。

安藤 いや、生き残るために必死だっただけです。組んだことのない人や自分より若い監督との仕事を請けていくことには余り抵抗がないんです。仕事の範囲を狭めると、これからは先細りで食べていけなくなりますから(笑)

――そうは言っても、『君の名は。』の田中将賀さん(アニメーター、作画監督、キャラクターデザイナー)のキャラクターデザインの方向性は、これまで安藤さんが描かれてきた作風とは傾向が全く違いますから、どう折り合いを付けるのかというスタートからしてハードルが高かったのではないですか。

安藤 田中さんのデザインは、自分にはない華やかさがありますから勉強させてもらいました。若いデザイナーや原画の人たちの画は、複雑な髪の毛をフォルムでまとめてサッと描いてあったりするんです。こんな処理が出来るのかと。アニメ的な格好良さ、美しさみたいなものを運動として強調する表現も上手ですよね。『君の名は。』ではキャラクターデザインの整理もやったんですが、作品への入り口として見やすくしたいという思いはありました。

稲村 もともと安藤さんは「美しい画」を描けるアニメーターで、作品のカラーに合わせてみんなが好きになれる最適なバランスで絵を描き分けることが出来る稀有な才能の持ち主だと思っています。僕の仕事は、どちらかと言うと泥臭い方ですから(笑)

安藤 そんなことはないですよ。

稲村 『君の名は。』は線の多い、ややデコラティブで綺麗な絵でしたが、安藤さんはそれも自分の中にいったん取り込んでから、見事に整理して描かれていました。あの華やかなデザインで、芝居のリアリティにもちゃんとこだわって。大分粘ってましたよね。あそこまで妥協せずに動かすという姿勢に恐れ入りました。

安藤 いやいや、そんなに粘れてないですよ(笑)。今はもっとデコラティブな絵がたくさんありますし、この作品はもっと動きを抜いても成立するのかも知れないという葛藤はありました。自分の仕事の中ではこうせざるを得なかったというカットもたくさんあって……。

稲村 でも、あのスケジュールで作画をやり切れたのは、安藤さんでないと難しかったでしょう。それはちゃんと画面に出ていますから。多くの観客の皆さんも、華やかな中にもキャラクターが生きている温かみが表現されているから、どこかにそれを感じ取って劇場に足を運んだはずだと思いますよ。共感出来たんだと思います。

――その繊細な芝居を表現したアニメーションの魅力は、映画の評価としてはほとんど表に出て来ていない内容ですね。

安藤 自分が参加しなくても『君の名は。』は成立したんだろうと思います。新海(誠)さんの設計を活かす別の方向があったかも知れない。「芝居」を運動として、分析的に突き詰めずにもっと象徴的に表現するとか。自分がやるとなると、時間軸や芝居の流れにこだわったものになっていってしまうんですね。どういうタイミングで話し、それを受けてどういうリアクションで反応して、身体がどういう風に動くのか……と。前後の芝居に一貫性を持たせたいと思ってしまうんですね。そうすると、信頼出来る原画の方にお願いするしかないんです。

連続する時間軸の中で芝居を描きたい

――オープニングの作画は田中将賀さんが担当されていらしたんですが、本編とはかなり違いましたね。田中さんも安藤さんに配慮されて、キャラも動きも寄せている感じがしました。一言で言うと、硬質な田中さんのアニメーションが安藤さんのような柔らかさを意識されていたような。

稲村 僕らの周囲でも「同じキャラでも動かし方が全然違うね」という話題が出ていましたね。

安藤 あのオープニングはあれで良かったと思っています。むしろもっと田中さんの個性全開でも良かったのではと思っているんです。こちらに寄せることは考えない方が……。

――安藤さんは「オープニングは特殊なものだから、本編と同じである必要はない」とずっと語っていらっしゃいますが、それはどういう根拠があるのでしょうか。

安藤 日本のテレビシリーズでやっているような形のオープニングには特殊な才能がいるんです。音楽との同期、カットの刻み方、テンポ、瞬時に印象付けられるキャラクターの見せ方など、センスやスキルが必要なんです。自分にはそういう志向がないんです。だから、自分がやってもうまくいかないと思いました。昔「オープニングアニメーションに興味はないか」と誘われたこともありますが、「全くないです」と断りました(笑)

 自分は「映画の中の連続する時間軸で芝居を描く」ということに一番興味があるんです。だからイラストやポスターのようなカッコ良さを求められる画には気持ちが入らないんです。稲村さんもそうじゃないかと思っているんですが……。

稲村 ええ、そこのところはよく分かります。芝居を描くという意識とは全く別のところで臨む必要がありますからね。若い人たちはオープニングに思い入れがある人も多くて、ミュージッククリップのような短編を作るのは本当に上手ですよね。僕はとてもかないません。僕が一番印象的だったオープニングは小学生の時に観た『未来少年コナン』(1978年、宮崎駿演出)の波のカットでした。「これは本物だ」と(笑)

――なるほど。ダイジェストでカッコイイポーズや綺麗な顔を切り取るのでなく、作中の時間軸の中で丸ごとそのキャラクターを理解し、表現したいという志をお持ちなのだと理解しました。お話を伺っていると、お二人とも演出的な領域に深く入り込んだ作画を志向されていらっしゃいますね。映画全体を見渡した上で、そこに適した演技を考え抜いて描くという。

稲村 映画を作っている以上、アニメーターは演出を理解する必要があります。同時に、個々のキャラクターを理解して、なりきることが出来なければ「どういう絵を描くべきか」という方向性が定まりませんから。仕草の一つ一つをどう描くのか。そこで悩んだり苦しんだりするわけです。

安藤 その通りですね。最善の方向を探りながら描いていく感じです。ただ、自分は最終的には監督に貢献するのでなく、作品に貢献したいと思っています。むしろ演出の方向が違っていると思った時は、作品の方向性を見据えて「違うのではないか」と進言出来るようになりたいですね。作画監督というのはそういう仕事なのではないかとも思います。

同一スタジオで作業をした方が安心出来る

――稲村さんは、『君の名は。』では筆頭原画を担当されています。どの辺りの原画を担当されたのでしょうか。

『君の名は。』の「カタワレ時」のシーン (C)2016「君の名は。」製作委員会拡大『君の名は。』の「カタワレ時」のシーン (C)2016「君の名は。」製作委員会
稲村 後半の三葉と瀧(主人公の少年少女)が山の上で出会う「カタワレ時」の辺りを担当しました。具体的には、カタワレ時に三葉と瀧がついに出会って、「瀧くん、瀧くん、瀧くんがいる……」という三葉の台詞から、雲海と彗星をバックに二人で笑い合うまでです。

――後にポスター(田中将賀さん作画)にもなった感動的なシーンですね。クライマックスと言ってもいい。

稲村 本当に難しかったです。三葉が感極まって泣き出すんですが、どのタイミングでどのような仕草で泣けば彼女らしい演技になるのかでかなり悩みました。社外での参加なので、キャラクターの演技を社内の人たちがどのくらいの温度で描いてるかも推測しながら描いていくしかなくて。「明るい性格」と聞いていましたが、明るさにも色々ありますから。涙をいつ手で拭うのか、流れるままに任せるのか……とか。 ・・・続きを読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、早稲田大学・亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。早稲田大学・亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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