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[書評]『戦争の大問題』

丹羽宇一郎 著

木村剛久 著述家・翻訳家

戦争をしてはいけない

 戦争について考えなければならない。

 できることなら考えたくない問題かもしれない。だが、連日のように北朝鮮のミサイル脅威や中国の海洋進出が報じられ、これにたいし集団的自衛権や「共謀罪」の適用、憲法改正への準備が着々と進行するなかで、その行き着く先の最悪の事態、すなわち戦争の悪夢が頭をよぎるのは、いたしかたないことだ。

『戦争の大問題——それでも戦争を選ぶのか。』(丹羽宇一郎 著 東洋経済新報社) 定価:本体1500円+税拡大『戦争の大問題――それでも戦争を選ぶのか。』(丹羽宇一郎 著 東洋経済新報社) 定価:本体1500円+税
 本書は不安や恐怖、怒りといった感情をひとまずおいて、戦争という大問題を冷静に考えようとするものだ。最初に「戦争を知らずに戦争して他国を懲らしめよという意見はまったく尊重に値しない」と著者は宣言する。

 著者は名うての国際ビジネスマンとして伊藤忠商事を率い、2010年から12年まで中国大使を務めた人物である。その丹羽氏が日本の平和と防衛に、いま大きな危惧をいだいている。

 冒頭にこんなエピグラフが置かれている。

〈戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。/平和について議論する必要もない。/だが、戦争を知らない世代が政治の中枢になったときはとても危ない。〉

 こう発言したのは、だれあろう田中角栄元首相である。かれも若いころ、満州での軍隊生活を経験している。

 いま日本では急速に戦争態勢がつくられようとしている。もちろん相手として意識されているのは中国であり、北朝鮮である。さらに韓国との関係も良好とはいえない。近年の日本人の中国嫌いは、世界的にみてもいささか異常だ、と著者はいう。それは韓国にたいしても同じだ。まして、北朝鮮となると、嫌悪を通り越して、憎悪に近いものがある。

 最近の日本人は、戦前、日本が韓国(朝鮮)を植民地化し、満州を支配し、中国大陸で戦争をくり広げてきたことを、まるで覚えていないか、自慢しているようにすらみえる。だが、戦時の現実はどうだったのか。日本軍は南京大虐殺やマニラ大虐殺を引き起こした。それだけではない。「日本軍による現地人の虐殺、暴行、略奪、強姦はアジア各国であった」。「[戦場では]戦争という狂気と自分が一体化してしまうのだ。軍隊は虐殺マシンとなってしまい、兵士もその一部となる」と著者はいう。

 戦争をロマンとしてとらえてはならない。日本がアメリカに勝てないという予測は、開戦前からでていた。政治指導者もそのことを知っていた。しかし、やってみなければわからないという無責任な決断で戦争に突入する。勝てる見込みのないまま「目的なき戦争」に突っ込んでいった日本の旧軍部のご都合主義にはあきれるし、戦意高揚をあおったマスコミの責任も大きい、と著者は論じる。

 その結果、先の大戦で日本は300万人(310万人とも350万人ともいわれる)を超える戦没者をだした。海外で亡くなったのは240万人(そのうち兵士が212万人)。国内、海外を合わせて100万人前後が民間人犠牲者だった。

 著者は現代史を学ぶことの重要性を強調する。日本が過去アジアを侵略したことや、戦前の日本の指導者に戦争責任があったことも知らねばならない。それはけっして自虐史観ではない。戦争の実態を教えるべきだ。そこから、日本は二度と戦争をしてはいけないという教訓を学ぶべきだという。

 むろん、それは日本を取り巻く状況に無自覚であっていいというわけではない。現在、アメリカと中国は、軍事的には相互に脅威でありながら、経済的には重要なパートナーという複雑な関係に置かれている。日本にとっても、その関係は同じだが、日本人はアメリカ以上に中国に脅威を感じているようにみえる。とりわけ日本人が敏感になっているのが尖閣問題だ。

 いうまでもなく、尖閣をめぐって日中が軍事衝突するようなばかげた事態は避けなければならない。しかし、万一、尖閣で戦っても、それは「日本にとって勝てる戦いとはならない」と、著者は断言する。中国が制空権を握れば、いくら海軍力で島を保持しても、日本は敗北必至となる。日米安保条約があるからだいじょうぶだと高をくくるのも危険きわまりない。アメリカは中国との直接対決を避けようとするにちがいないからだ。

 日本人の中国嫌いは、最近ますます強まっているが、アメリカと中国はすでに「新型大国関係」にはいろうとしている。アメリカが中国の大国化に懸念をいだいていないわけではない。だが、両国は軍事面でも経済面でも思いのほか密接な関係にある、と著者はいう。「アメリカと中国が、完全にケンカ別れするという事態はまずないといえる」。

 現在の大きな脅威は、北朝鮮の核とミサイルだ。すでに北朝鮮はミサイルに搭載可能な小型核爆弾をもっているとみてよいだろう。日本にとって心配なのは長距離のテポドンよりも、比較的短距離のノドンやスカッドである。実際に発射されれば、それを確実に防ぐ手立てはない。

 北朝鮮にしてみれば、朝鮮戦争はまだ終わっていない。休戦状態にあるだけだ。韓国、アメリカとは依然として平和条約が結ばれていない。日本とは終戦処理も終わっていないのだ。

 加えて、1990年から92年にかけ、ソ連(ロシア)と中国が韓国に接近し、国交を樹立したことから、北朝鮮の孤立が深まった。そこで、北朝鮮は「中ソの後ろ盾がない以上、自分たちの体制が生き残るためには核しかないと、なけなしの予算を核開発とミサイル開発に投入してきたのだ」と、著者はいう。

 現在の最大の危機は、北朝鮮が自暴自棄になることだ。体制崩壊の危機に瀕したとき、独裁者は何をするかわからない。もし米軍が原子炉のみをねらった先制攻撃をおこなっても、朝鮮半島での全面戦争が再開され、ソウルが「火の海」になることは避けられない。

 著者のいうように、「北朝鮮は核ミサイルを発射した瞬間に国として終わる」のはたしかだろう。だが、その発射は周辺諸国だけでなく世界に甚大な被害をもたらす。核戦争だけは避けねばならない。

 こうした緊迫した状況のなかで、日本はどのような安全保障体制を築くべきか。著者はとりわけ、東アジアではいかに「中国と敵対せず、友好な関係を築き、味方に引き入れるか」が課題になってくるという。

 北朝鮮の脅威を下げるのはむずかしい。それでも日本はアメリカとの同盟関係を維持しながら、中国、韓国、ロシアと友好的な関係を築き、それにもとづいて、北朝鮮の脅威に対応するなら、その危険度は薄まるはずだ、と著者は考えている。

 興味深いのは、著者が自衛隊はむしろ強くあってこそ、相手につけいる隙を与えないと論じていることだ。中国に対抗して、軍備を拡張しようというのではない。しかし、「相手に効果的に力を誇示してこそ、抑止力は効果を発揮する」のであって、「自衛隊が本当に強ければ日本に攻め込もうとする国はなくなる」と、著者はいう。

 日本を守るのは自衛隊である。アメリカが日本を守るというのは幻想であり、米軍が日本に駐留していることの言い訳にすぎない。「駐留米軍は日本を守るためよりも、アメリカにとっての極東アジアの戦略上、とくに西太平洋の制海権を確保するために不可欠の基地として日本を見ている」と、著者はいう。たしかに、そのことは安保条約の条文にも明記されている。

 だが、抑止力、防衛力は次善の策であって、「最も大事なことは、敵をつくらない安全保障政策だ」。日本は日本なりの安全保障政策を考えなくてはならない。

 これからの日本に求められるのは、日本が中国や韓国をはじめとするアジア各国と交流を深め、協調関係を築くことによって、世界に模範を示すことだという。相手が北朝鮮であっても、力と力ではなく、話し合いの道筋をつけていかねばならない。

 歴史の時間はせっかちには流れない。その流れを見つめ、将来を展望することがだいじである。戦争をしてはいけない。時代の風潮が戦争に流れていこうとするなか、われわれもこの忠告を基本としなければならないだろう。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

木村剛久

木村剛久(きむら・ごうきゅう) 著述家・翻訳家

共同通信社で長く書籍を編集し、『妻たちの思秋期』(斎藤茂男)、『もの食う人びと』(辺見庸)のほか、『マクナマラ回顧録―ベトナムの悲劇と教訓―』(R・マクナマラ)、『現代史』上・下(ポール・ジョンソン)などを手がける。自身の訳書・共訳書に『国民の天皇』『紀元二千六百年』(共にケネス・ルオフ)など、著書に『蟠桃の夢―天下は天下の天下なり―』(トランスビュー)がある。