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[書評]『ウォークス』

レベッカ・ソルニット 著 東辻賢治郎 訳

渡部朝香 出版社社員

歩くように書かれ、歩くように読み、歩くことへと誘う書物

 出版に携わっていても、書くのはまったくの素人。なのに、何をまちがったのか、書評の依頼をいただいてしまいました。思いきって引き受けたものの、あとになって、この欄の名称を知ることに(確認を怠った自分のせいながら)。

 「匠」!? やはり、まちがって頼まれたとしか思えません……。

 編集という仕事は、言葉に出会い、心震わすことの延長線上にあり、そこに素人/玄人の区別などない――そう思うのは、わたしの経験が浅いからでしょうか。

 ただの読む人のひとりでしかありませんが、拙いながらも本の魅力を探り、書く人であることに努めたいと思います。

 取り上げるならこれしかない。発売する前から、読んでもいないのに決めていたのが、この本です。

『ウォークス——歩くことの精神史』(レベッカ・ソルニット 著 東辻賢治郎 訳 左右社) 定価:本体4500円+税拡大『ウォークス――歩くことの精神史』(レベッカ・ソルニット 著 東辻賢治郎 訳 左右社) 定価:本体4500円+税
 ソルニットを知ったのは、『災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(亜紀書房)でした。

 アメリカの災害時の事例から、どん底で手をたずさえる人間、水平の組織の底力を示すこの本は、東日本大震災の3か月前というタイミングで出版され、多くの人に読まれることになりました(災害後のユートピアと同時に災害後の地獄を考えるうえで、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』<(上)(下)、岩波書店>もあわせ読みたいところ)。

 『災害……』に導かれ、ソルニットのもう一冊の本、『暗闇のなかの希望――非暴力からはじまる新しい時代』(七つ森書館)を手にとりました。断章のように綴られた彼女のアクティヴィストとしての実践、思想。そして、それを描く詩情あふれる美しい文章。うちのめされました。

 以来、日本では2冊しか刊行されていない彼女の新刊を、心待ちにしていた次第です。

 そして、『ウォークス』は、期待をまったく裏切らないものでした。

 多くの人が、なにげなく日々おこなっている「歩く」こと。「人類の夜明けからほとんど進歩していない活動」。その壮大な歴史に、この本は挑戦しています。

 「歩く」という茫漠とした、そして膨大な領域にまたがることを、どう歴史として記述するのか。ソルニットは冒頭にこう書きます。

 「このテーマで書くことの大きな喜びのひとつは、歩くことが限られた専門家ではなく無数のアマチュアの領分であることだ」

 歩くという主題は、四角形に丁寧に耕された専門家のフィールドでなく、現実の歩行のように特定の範囲に局限されない。素人であることを高らかに宣言し(そう! 書くことも専門家が占有するものではない!)、体系だった記述をあらかじめ拒否したソルニットは、ときに自身の歩行の路程を丁寧に記し、花や海岸線に目を留め、そこで出会った友人の言葉を紹介し、彼女が生きる現在を基点として、自由を身にまとい、歩行の歴史の記述に歩みだします。

 意識的、文化的な行為としての歩行を実践し、散歩の叙述という方法を見いだしたのは、18世紀のルソー。その遙か先人である古代ギリシア人。ヘーゲル、カント、キェルケゴール、ウィトゲンシュタイン……よく歩く、哲学者たち。

 18世紀には、自然が美的に讃えられる対象になり、それを牽引したのは、ワーズワース。風景が発見され、ガイドブックが刊行されるようになり、歩行のエッセイも多数書かれるようになります。

 本書では随所にソルニットのユーモアと辛辣さが光りますが、例えば、男性たちによる歩行のエッセイについて、ソルニットはこのように書きます。

 「人跡未踏の森に迷って虫と雨水で飢えをしのいだり、墓場で行きずりのセックスに耽ったり、争いに巻き込まれたり、異界を幻視したりするような人物は決して登場しない」
 「歩くことについて書くこうした作家たちがひとつの同じサークルに属しているようにも思える」
 「田舎歩きの歴史には、自らを健全で、自然で、人類と自然すべての兄弟であるかにみせ、そのことによって権力や奥深さを示そうとする人間であふれている」

 自由な歩行は男性たちに長らく独占されていましたが、女性たちも歩きだします。社会的な制約のなかで生きる女性にとって、たとえばジェーン・オースティンの作品中の女性にとって、庭園を歩くことが与えてくれる社会的・空間的余裕は重要なものになっていくのでした。

 やがて形成されたウォーキングクラブと環境保護運動。20世紀初頭の「団体の黄金時代」に生まれたワンダーフォーゲル、ボーイスカウト、ユースホステル。ウォーキングからハイキング、キャンピングへ――昭和育ちには懐かしい言葉の数々!

 ソルニットとともに、歴史上のさまざまな歩行の景色を目にするにつれ、自分自身の歩行の記憶や、歩行する人、歩行についての作品の数々が思い浮かび、頁を繰る手をとめて、頭はつい寄り道をしてしまいます。放浪、漂泊……日本にも旅する先人たちが、たくさんいたことも思い出しました。

 ちなみに、この本のカバーを外すと、表紙に刷られているのは、『東海道五十三次』「庄野 白雨」。ソルニットは本文中で『東海道五十三次』を「道が歩く者のためにあり、映画が木版画であった時代のロード・ムービー」と評し、登山と修験道など、随所に日本の歩行の歴史についての言及もあります。

 ですが、本書のなかで、とりわけ迫力を感じたのは、歩くことがレジスタンスであったという事実についての記述です。

 かつてイギリスの農村には、山野を歩く人が所有者にかかわらず通行できる「通行権」があったにもかかわらず、羊毛産業による土地の囲い込み、私有が拡大するなかで、通行がままならなくなり、一方、産業化により都市に集約された労働者たちは農村の散策を要求します。そして、土地をめぐる階級闘争へ! 上流階級の庭園から始まった散策の思考は、私的所有のアンチテーゼへと反転。1930年代には組織的な不法侵入がなされ、抗議の集会には1万人以上が参加し、通行権の法案が議会に提出され、通過するに至るのでした。

 女性たちの闘いにも、ソルニットは、熱いまなざしを注ぎます。フランス革命を本当の意味で始めたのは、バスティーユの監獄の解放の3か月後に行なわれた、市場で働く女性たちの行進であったこと。食物への飢えと理念への渇望が未曾有の結合をはたし、市民のありふれた行為が歴史を動かしてみせたこと。

 セクシュアリティが統制され、街を歩くだけで不道徳とされていた女性が、もろもろの革命の熱心な参画者になってきた背景には、あらかじめ方針のある活動ならば女性の存在に性的な関心が向けられにくく、公的な争点において大きな自由を手に入れられる面があったという指摘には、目を開かされました。

 女性たちが歩くことに不自由であったのは、街を自由に歩いていた女性は娼婦、あるいは娼婦と見なされたからですが、ソルニットは娼婦を虐げられし者という一面ではなく、自分自身以外に従うべきものが誰もいない自由な存在であったこと、当事者がそのように語っていたことにも触れます。

 危険ではありながらも、匿名で、孤独と自由を手にしていた、都市の歩行者たち――。

 ソルニットが歩行の思想を構想したのは、反核運動がきっかけでした。

 「歩くというかたちをとったわたしたちのデモは、フェンスの立ち入り自由な側では大人しい行進だが、立ち入り禁止区域の側では逮捕に直結する不法侵入とみなされる行為だった」

 また、自らが参加した湾岸戦争時の巨大な抗議行動についても記されています。

 「ビジネスや自動車が支配していた都心の空間は、そうして言論の自由をもっとも端的に体現しながら街路を進む歩行者のものへ変わり、街は変貌していった」

 歩行のレジスタンスが世界への確かな揺さぶりとなることを経験しているソルニットは、本書の末尾に歩行の未来への問いかけを据えています。

 歩くことの未来は、どうなるのか。ふりかえれば、わたしの日々の歩行は、勝手にスマートフォンが記録し、公共交通手段を使っての移動は徒歩の時間も含めてアプリによって算出され、生産のための空間・時間として管理されています。加速化はゆとりをもたらすのではなく、忙しさを増させるばかり。

 管理されるのではなく、歩行のリズムが生む思考のリズムの自由をとりもどしたい。

 わたしたちは歩くことで境界を越えられる、歩くことで抵抗できる――。

 膨大な資料を渡り歩き、自身のフィールドワークを杖として、散策のような文体で書かれた『ウォークス』(500頁超!)。このようなスタイルだからこそ、歩行の歴史という未踏のテーマが、一冊の書物に結実したのだと思わずにはいられません。この本を読むことは、思考を遠くにはばたかせてくれる圧倒的な読書体験であるとともに、自分の身体の可能性への決定的な気づきをもたらし、これからのわたしの「歩く」に、小さくない変化をもたらす。そう感じています。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

渡部朝香

渡部朝香(わたなべ・ともか) 出版社社員

1973年、神奈川県生まれ。1996年に現在の勤務先の出版社に入社し、書店営業、編集、営業(内勤事務)を経て、2014年夏より単行本の編集部の所属に。担当した本は、祖父江慎ブックデザイン『心』、栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』、石内都『フリーダ 愛と痛み』、ブレイディみかこ『ヨーロッパ・コーリング』、福嶋伸洋『リオデジャネイロに降る雪』、佐藤正明『まんが政治vs.政治まんが』、赤坂憲雄『性食考』など。