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今ここにあるジェノサイドの危機

惨劇を繰り返さないために―小池都知事の追悼文見合わせから考える

中沢けい 小説家、法政大学文学部日本文学科教授

追悼文問題などをめぐって記者会見する小池百合子・東京都知事=8月25日、都庁

 小池百合子・東京都知事が毎年9月1日に行われている都立横網町公園で行われる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文を送らないことが明らかになったのは、8月下旬のことだ。小池知事の翻意を願ったのだが、残念なことに追悼文が送られることはなかった。

 米国と北朝鮮の関係が緊張をはらんでいる時期であるからこそ、例年は追悼文を寄せるだけの式典に、小池知事には自身で足を運び現場で追悼の言葉を述べて欲しかった。というのも、朝鮮人虐殺に見られるような惨劇はまだ過去のことにはなっていないからだ。

 ここ数年、2月末から4月にかけての米韓演習と8月の米韓演習のたびに朝鮮半島は緊張をはらんだ南北の応酬が繰り返されている。2013年春の米韓演習のおりにも南北間の緊張が高まった。東京の新大久保では「朝鮮人をぶち殺せ」と叫ぶヘイトスピーチデモがほぼ毎週のように数百人の規模で繰り返されていた。先頭に立っていたのは、当時の在日特権を許さない市民の会(通称「在特会」)会長・桜井誠氏であった。その桜井氏は南北間の緊張が高まると「(日本に上陸する)朝鮮人を殺す」という趣旨の発言をツイッターでしている。あまり注目されることのなかった発言だ。発言の当人もおそらく本気でそのような行為を考えているわけではないだろう。過激なヘイトスピーチのひとつ程度でしかないものに過ぎない。が、過去の惨劇が再び引き起こされることを恐れた。

朝鮮半島の動乱で、多くの難民が日本に押し寄せる

 朝鮮半島でなんらかの動乱があれば、それは国と国が武力衝突する戦争以外にも、内乱、クーデター、政権崩壊などさまざまなケースが考えられるのだが、いずれの事態となっても難民となった人々が日本に渡ってくる可能性は高い。南北の非武装中立地帯(DMZ)に70万個をこえる地雷が設置されている現状では、鴨緑江を超え中国へ出るか、東シナ海または日本海へ逃れる以外に混乱する北朝鮮から脱出する方法はない。

 季節にもよるが、春から秋にかけての日本海が穏やかな時期であればキール(船の竜骨)なしの小舟でも海を渡ることは可能だ。その時、流言飛語による被害者が出ることはもちろん、事実からかけ離れた情報によって憎悪を煽られた加害者が出ることもまた悲劇だ。2013年当時のヘイトスピーチには面白半分の気配があり、関東大震災の朝鮮人虐殺の例を持ち出しても、過大な憂慮と受け取られないところもあった。

ヘイトスピーチが生み出す疑心暗鬼

 一方では2011年の東日本大震災、2014年の広島豪雨災害などでは外国人による略奪が行われているというデマが流れた。広島では自警団結成の呼びかけがあり、県警が外国人による略奪の被害届はないと言明してデマの流布を防いだ。

 2016年の熊本地震では井戸に毒が投げ入れられたという、あの関東大震災の時に流されたデマがツイッター上に散見された。逃げたライオンが町なかを歩いているという合成写真を投稿した人物は後に逮捕されたが、井戸に毒が投げこまれたというデマは捜査対象になったとは聞いていない。熊本は名水とされる多くの湧水を持っている土地だ。無防備な状態の湧水もあり、飲料水として今も使われている。井戸に毒が投げこまれるというデマは、町を闊歩するライオンの画像以上に悪質である。面白半分、悪ふざけの調子で語られる憎悪が、何かの条件を帯びることで深刻な事態を引き起こす要素はそろっている。ヘイトスピーチが振りまく憎悪感情は人々の半信半疑と疑心暗鬼をじわじわと生み出している。

歴史改竄主義の言辞は犠牲者の数への疑義から始まる

 ヘイトスピーチの蔓延とほぼ同時進行で歴史改竄(かいざん)主義も広まっている。従軍慰安婦被害否定、朝鮮人虐殺否定、南京虐殺否定などの言辞は、まず被害者、犠牲者の数への疑義から始まる。数への疑義は事柄そのものへの疑いを呼び、しだいに事柄そのものを否定する言辞へとつながる。時には、日本を侮辱するために捏造された事案とされる場合もある。同じ流れのパターンになっている。

 数への疑義は地方議会の議員から提出されることも多い。小池都知事の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文見合わせも、

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