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安室奈美恵さんは、なんで寂しそうなのだろうか

ビジネスの香りがまるでしないのに、ビジネスの中心にいてしまう人

矢部万紀子 コラムニスト

安室奈美恵 「せっかく充電期間を過ごしたのだから、自分が変わったと思いたい」2010拡大引退する時、安室奈美恵さんはどんな顔をしているだろうか=2010年

コンサートで驚いた三つのこと

 9月20日に安室奈美恵さんが引退を発表した。

 それを報じるテレビ各局が、直前に開かれた沖縄でのコンサートの最後のシーンを流していた。安室さんは手を振りながら「また遊びに来てねー」と言っていた。

 4年前、2013年に見た安室さんを思い出した。代々木体育館でのコンサートに行ったのだ。

 その時も、「また遊びに来てねー、バイバーイ」という言葉を残し、安室さんは舞台から消えていった。そして、なぜか寂しそうで、孤独そうだった。テレビに映る安室さんも、寂しそうで、孤独そうに見えた。

 代々木体育館で見た安室さんは、すでに36歳になっていたはずだ。けれど、小さな女の子のように感じられた。だから、「安室ちゃん」という表現が今もしっくり来る。

 コンサートに行ったのは、職場に安室ちゃんの大ファンがいたから。小学生の時にプロモーションビデオを見て虜になったという年下女子だった。彼女は安室ちゃんのファンクラブ会員で、コンサートツアーが始まれば、可能な限りチケットを申し込み、当たったら全国どこでも友人と行く。ということを知って、「次に当たったら誘って」とおねだりしたら、代々木体育館に連れていってくれた。

 とにかく驚いた。

沖縄サミットのイメージソング「NEVER END」を歌う安室奈美恵さん=2000年7月、那覇市拡大沖縄サミットのイメージソング「NEVER END」を歌う安室奈美恵さん=2000年7月
 一番驚いたのは、安室ちゃんが英語の歌ばかり歌うこと。「ふぅーたりきりだね、今夜からは、少してーれるぅよねー」なんて思っていたら、とんでもなかった。オリジナル曲のほぼ全編が英語という事態になっており、たまに日本語が聞こえると「あ、日本語だ」と思うほどだった。

 次に驚いたのは、10センチは超えるであろうピンヒールでガンガン踊っていること。安室ちゃん=厚底ブーツのイメージだったが、底の厚い靴など全く履いてない。ブーツはブーツでも、すべてピンヒール。私なら歩くことも困難と思われる高く細いヒールで宝塚大劇場のような階段をカッコよく昇り、カッコよく降り、縦横無尽に踊っていた。

 最後に驚いたのは、途中に話をはさむことが一切なく、ひたすら歌うこと。コンサートにおけるトークは、歌手にとって休憩時間であろう。が、一切ない。休みと思われるのは3、4回の衣装替えの間だけだったが、それもごく短い。

 この「英語、ピンヒール、トークなし」に圧倒された。

 帰り道、ファンクラブ女子に、この驚きをぶつけると、すべてに答えてくれた。

 1つ目には「去年は20周年だったので、懐かしい曲もたくさん歌ってくれたんですが、今年は歌いませんでしたねー。でも安室ちゃんが洋楽方向に行って、だいぶ経つんで、ずっとこんな感じです」

 2つ目には「安室ちゃんの靴は、フィギュアスケーターの靴を作る人が手がけているんです。ダンサーというより、アスリートですよね」

 3つ目には「いつもそうです。最後のありがとう、また遊びに来てねだけで、あとはずっと歌。そこがすごいところです」

「また遊びに来てね」とだけ言う女の子

 それにしても、安室ちゃんは不思議な人だった。

 遠い昔、ある取材で歌番組の舞台袖に立っていたことがある。 ・・・続きを読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。

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