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続・安室奈美恵の光と影――沖縄出身であること

沖縄と女性、二つの周縁性を体現した存在

太田省一 社会学者

九州・沖縄サミットのイメージソングの完成を森喜朗首相に報告する小室哲哉さん(左)と安室奈美恵さん(右)=2000年7月11日午後2時すぎ、首相官邸で 拡大2000年九州・沖縄サミットのイメージソングの完成を森喜朗首相に報告する小室哲哉さん(左)と安室奈美恵さん=2000年7月11日、首相官邸で

(1)安室奈美恵は沖縄の影と1990年代日本社会の影をつなぐ存在だった

 今回の引退発表についての報道で、私の知る限りあまり大きく扱われなかったことがある。それは、安室奈美恵が沖縄出身であることである。だがそれは、戦後史という大きな文脈のなかで彼女の存在を考えてみようとするとき、見過ごすことのできない要素ではあるまいか。

南沙織拡大「17才」でデビューした南沙織=1971年
 1971年6月、沖縄出身の南沙織が「17才」でデビューした。曲は大ヒット、彼女自身も長い黒髪に小麦色の肌、つぶらな瞳といかにも南国の美少女そのものといったルックスで、またたく間に人気アイドルの仲間入りを果たした。

 その年、南沙織は『NHK紅白歌合戦』にも初出場している。このとき紅組司会の水前寺清子は、「17才」を歌う彼女を「沖縄代表」と紹介した。

 その表現には、ただの出身地という以上の意味合いが感じられる。翌年に決まっていたアメリカからの沖縄返還を明らかに意識した言い回しだと思えるからである。

 そのときテレビの前で水前寺の言葉を聞いた視聴者は、南沙織という新人アイドルと沖縄の置かれた状況をごく自然に重ね合わせたに違いない。そのとき南沙織は、本人の意思とは別に沖縄の物語を担わされたと言える。

 これが返還後の翌1972年にデビューしたフィンガー5になると、様子はまったく変わってくる。5人兄妹で結成されたフィンガー5は、『個人授業』(1973)、『恋のダイヤル6700』(1973)、『学園天国』(1974)などが次々と大ヒット、爆発的ブームを巻き起こした。作詞した阿久悠は、それらの曲のコンセプトを「アメリカン・コミックスのような学園もの」だったとしている(阿久悠『夢を食った男たち――「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』)。

 つまり、フィクションの世界にしかないような理想の「アメリカ」が、そこには表現されていた。そしてそれを担ったのが、戦後の沖縄という土地でアメリカ文化を吸収して育ったフィンガー5だったのである。

フィンガー5の「光」、南沙織の「影」

 この2組の対比には、戦後日本における沖縄の光と影が反映されているように思う。

 フィンガー5は、マイケル・ジャクソンのいた同じきょうだいグループのジャクソン5をモデルにしたものだ。言い方を変えれば、本場アメリカのダンスミュージックを日本的文脈のなかに置き換え、定着させようとした。阿久悠の「アメリカン・コミックスのような学園もの」というコンセプトは、そのことを表している。そしてその目論見は見事に成功した。

 それが光だとすれば、南沙織は影である。 ・・・続きを読む
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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

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