沖縄と女性、二つの周縁性を体現した存在
2017年10月16日
安室奈美恵の光と影――ダンスとギャル的生き方――自己表現と女性の理想を体現した存在
今回の引退発表についての報道で、私の知る限りあまり大きく扱われなかったことがある。それは、安室奈美恵が沖縄出身であることである。だがそれは、戦後史という大きな文脈のなかで彼女の存在を考えてみようとするとき、見過ごすことのできない要素ではあるまいか。
その年、南沙織は『NHK紅白歌合戦』にも初出場している。このとき紅組司会の水前寺清子は、「17才」を歌う彼女を「沖縄代表」と紹介した。
その表現には、ただの出身地という以上の意味合いが感じられる。翌年に決まっていたアメリカからの沖縄返還を明らかに意識した言い回しだと思えるからである。
そのときテレビの前で水前寺の言葉を聞いた視聴者は、南沙織という新人アイドルと沖縄の置かれた状況をごく自然に重ね合わせたに違いない。そのとき南沙織は、本人の意思とは別に沖縄の物語を担わされたと言える。
これが返還後の翌1972年にデビューしたフィンガー5になると、様子はまったく変わってくる。5人兄妹で結成されたフィンガー5は、『個人授業』(1973)、『恋のダイヤル6700』(1973)、『学園天国』(1974)などが次々と大ヒット、爆発的ブームを巻き起こした。作詞した阿久悠は、それらの曲のコンセプトを「アメリカン・コミックスのような学園もの」だったとしている(阿久悠『夢を食った男たち――「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』)。
つまり、フィクションの世界にしかないような理想の「アメリカ」が、そこには表現されていた。そしてそれを担ったのが、戦後の沖縄という土地でアメリカ文化を吸収して育ったフィンガー5だったのである。
この2組の対比には、戦後日本における沖縄の光と影が反映されているように思う。
フィンガー5は、マイケル・ジャクソンのいた同じきょうだいグループのジャクソン5をモデルにしたものだ。言い方を変えれば、本場アメリカのダンスミュージックを日本的文脈のなかに置き換え、定着させようとした。阿久悠の「アメリカン・コミックスのような学園もの」というコンセプトは、そのことを表している。そしてその目論見は見事に成功した。
それが光だとすれば、南沙織は影である。
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