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【ヅカナビ】花組『ハンナのお花屋さん』

明日海ワールド全開の癒し系ミュージカル

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 タカラヅカというところは当て書きが基本の世界だが、『ハンナのお花屋さん』はもはや明日海りお以外での再演は不可能だろうと思えるぐらいの作品だ。主人公のクリス・ヨハンソンはデンマークの名家出身でありながらロンドンで花屋を開業し、才能豊かなフラワーアーティストだが、ちょっとヌケたところもある愛されキャラ。それは自然豊かな静岡育ちというバックグラウンドを持ち、トップスターの激務をつとめながらも常にほんわかとした空気を漂わせ、そして何よりも花が大好きという明日海そのものだからだ。

 演出の植田景子氏が細部に至るまでこだわり抜いた舞台からは、いつものキラキラなタカラヅカとは一味違う贅沢さが感じられる。それはむしろ「豊かさ」と言ってもいいのかもしれない。そして、観た後は不思議と穏やかで幸せな気分になれる。それは観劇後によく味わう高揚感ともまた違う、まさに癒し系ミュージカルである。

 残念ながらこの作品は東京公演しかない。そこで、見逃してしまった皆さんのためにも、この作品の見どころ、出演者の魅力についてご紹介していきたいと思う。

各国からの個性的な人材がそろう理想の職場

 1幕の舞台はロンドンのクリスの花屋「Hanna's Florist」が舞台だ。花々がいっぱいに飾られ、ナチュラルテイストでまとめられた店内は心安らぐ空間だ。どうやら素敵なカフェもあるらしい。ここで働く店員たち一人ひとりがじつに個性的なのだ。

 しっかり者でリーダー格のライアン(綺城ひか理)はアイルランド出身。いつも陽気でやんちゃなヤニス(飛龍つかさ)はギリシャ出身。爽やかな体育会系のヨージェフ(帆純まひろ)はハンガリー出身。そして、ウェブ担当でエストニア出身のトーマス(優波慧)はナレーター的な役割も兼ね、店の出来事をテンポ良く紹介していく様子が巧みだ。

 女性陣には台湾出身のチェンリン(美花梨乃)とルーマニア出身のナディア(雛リリカ)。そして、バレリーナになりたいという夢を打ち砕かれた過去を持つ生真面目なアナベル(音くり寿)が、これまでと一味違う役どころを見せる。

 「ゆるふわ」な店長の元、店員たちは皆のびのびとしていて、仕事熱心だ。皆、さまざまな国からさまざまな思いを抱えながらやってきて、この店で頑張っているのだ。しかも互いの成功を喜び合える健全な雰囲気がある。傍には常に、頼れる相棒としてクリスを支える、切れ者のジェフ(瀬戸かずや)がいる。

 さらに言うとお客さんにとっても、この店はそれぞれ大切な意味を持っている。働くシングルマザーのエマ(花野じゅりあ)にとってこの店はエネルギーをチャージする大切な場所だし、図書館で働くローズ(真鳳つぐみ)が堅物なのにクリスにだけはぞっこんだ。この作品が見ていて気持ち良い理由の一つは、「Hanna's Florist」が行ってみたくなる店であり、理想的な職場でもあるからだと思うのだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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