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「ひよっこ」視聴者一人一人がみね子の仲間だった

活躍しないヒロイン=「空虚な中心」という画期的な発明

大西若人 朝日新聞編集委員(美術)

「ひよっこ」のNHK公式サイトより拡大「ひよっこ」のNHK公式サイトより
 物語、とりわけテレビドラマは、主人公の活躍を軸に話が展開する。ところが好評のうちに9月に終了し、油断すると今も朝8時から桑田佳祐の声が聞こえてきそうな気がするNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」では、ヒロインは「波瀾万丈」といえるような目立った活躍をしないままだった。振り返ると、実はそれがこのドラマの革新性であり、魅力の源泉だと思えるのだ。

 通称・朝ドラのヒロインの定番の一つに、戦中戦後を力強く生き抜いた女性像がある。あるいは近年目立つのは、企業家やファッションデザイナーといった、社会で足跡を残した実在の女性をモデルにした物語。現代ものでも、何らかの夢に挑む姿が描かれやすい。

 しかし、「ひよっこ」のヒロイン谷田部みね子(有村架純)は戦後生まれで、高校卒業後も茨城県北部の奥茨城村の実家の農業を手伝うつもりでいた。それが出稼ぎに出ている父親の失踪という事態を経て、急きょ高度経済成長期の東京で就職することを決意。「仕事は何でもいい」と高校の教師に訴える。

 教師から紹介された東京・下町のトランジスターラジオ工場に勤め、その工場が倒産し閉鎖されると、ちょっとした縁のある、赤坂の商店街にある洋食店で働くことになるのだ。

 こう記すと、あまりに流されるままで、女優を目指す幼なじみの助川時子(佐久間由衣)の方が、よほど従来の朝ドラのヒロイン像に近いといえる。

丁寧に描かれた、さまざまな家族の姿

 働き者で誰からも好かれるが、「盛り上がりに欠ける」(とドラマの中でも指摘される)ごく普通の女の子が中心にいる物語。しかし、ロラン・バルトの顰(ひそ)みに倣うと、いわば「空虚な中心」だからこそ、周囲が生き生きと動き出すのではないか。それは、父親の失踪や大女優の危機といった「事件」だけではない。

 むしろみね子の周囲にあって、とても丁寧に描かれるのは、さまざまな家族の姿だといっていい。みね子の3世代家族、幼なじみの2家族、上京してからは、みね子の周囲に現れる、微妙な父子関係や、養子ながら息のあった父子などが笑いを交えながら細部まで丁寧にかつ温かく描かれる。工場で働く乙女たちが暮らす「乙女寮」や古いアパートでの共同生活も、疑似家族といえる存在だった。

 細部の描き方でいえば、乙女の一人の珍名が思わぬ場面で驚きの役目を果たしたり、物語の冒頭に登場した「重箱」が最終回で際立つ存在になったりしたのも忘れ難い。にくいばかりに小粋なディテールの扱いだった。

 実はみね子は団塊の世代であり、それより上の世代は戦争を体験している。明るいトーンを基調としながら、戦争の影を書き込むあたりに、脚本の岡田惠和の強いこだわりも感じた。

 特に、みね子の「変なおじさん」として登場する宗男おじさん(峯田和伸)が、笑って生きてビートルズを愛する理由の背景に、兵隊としてインパール作戦に参加した際の極限的な体験があることが語られる回には、胸をゆさぶられた。

 戦争を経て、高度経済成長の時代をけなげに生きるごく普通の人々、その家族に寄り添うような作りだったのだ。

真ん中にとってある視聴者の席 ・・・続きを読む
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筆者

大西若人

大西若人(おおにし・わかと) 朝日新聞編集委員(美術)

朝日新聞編集委員。1962年、京都生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同修士課程を中退し、1987年に朝日新聞社入社。東京本社、大阪本社、西部本社の文化部などで、主に美術や建築について取材・執筆。同部次長などを経て、2010年より現職。『大地の芸術祭――越後妻有アートトリエンナーレ2000』(現代企画室)、『リファイン建築へ――建たない時代の建築再利用術 青木茂の全仕事』(建築資料研究社)、『文藝別冊<永久保存版>荒木経惟』(河出書房新社)などに寄稿。

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