2017年11月14日
“文庫や新書も図書館で読めるという読者の意識を変えるきっかけとして、図書館での文庫の貸出しをやめていただきたい”
10月13日、第102回「全国図書館大会・東京大会」第12分科会「公共図書館の役割と蔵書、出版文化維持のために」で、パネラーの一人、文藝春秋の松井清人社長が、こう訴えた(『新文化』2017/10/19)。
強い既視感(デジャヴュ)を覚えながら、「またか」とか「まだそんなことを」と評するのは控えようと思う。パネラー4名中3名が出版社社長の分科会であったとはいえ、全国図書館大会というアウェーでの、当の相手に直接訴えかけた言葉である。既に大会前から、松井社長がそのような訴えをすることは、知られていた。松井社長としては、パネラーとしての発言を予め漏らしてまでも訴えたい言葉であったわけで、それだけ出版社としては切実な問題なのである。
文藝春秋の収益は、その30%強を文庫が占めているという。文春に限らず、多くの文芸出版社の屋台骨は、文庫が支えている。文芸作品の発表の場である文芸誌は年に億単位の赤字を出し、単行本も10〜20%の作品しか黒字にならないという。
その中から出てきた売れ行き良好書を文庫化してさらに売り伸ばすことによって何とか採算ラインを保っているという事情は、2014年の東京国際ブックフェアでのシンポジウムでご一緒した平尾隆弘文藝春秋前社長も、強調していた(既視感を覚えたのは、そのせいでもある)。いわば、文庫市場の凋落は、この国の文芸作品の生産構造そのものを揺るがす事態なのだ。
同じく文芸出版社の大手である新潮社の佐藤隆信社長も、ここ数年、図書館の貸し出しが出版不況の元凶であると訴え続けている。
本当にそうなのか? 図書館の貸出数が増えたから、本が売れなくなったのか?
答えを出すのは、容易ではない。社会的な事象については、自然科学における比較実験のような手段は取れないからだ。歴史に「もしも」は無いし、現在の社会に対しても、正反対の条件を同時に設定することはできない。図書館が貸し出しをした場合としなかった場合を比較することは、非常に困難なのである。
お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣が、松井社長や佐藤社長の発言を知って、「書籍の売り上げ減少は図書館のせいではない」、図書館での無料貸し出しも「書籍の売り上げに圧倒的に貢献してくれている」と反論、それを証明するために、10月4日に発売されたばかりの自著『革命のファンファーレ ~現代のお金と広告~』を、全国5500館の図書館に自腹で寄贈した
が、その結果がどうあれ、図書館の貸し出しと出版不況の因果関係をめぐる論争に決着をつけることはできないだろう。「状況証拠」を拾い集めるのが関の山で、「証拠固め」までは無理だと思われる。
13日のシンポジウムに登壇した唯一の出版業界外のパネラー根本彰慶應義塾大学教授は、「図書館の貸し出しによって本が売れなくなっていることを示すデータはない」と指摘、松井社長も「この流れが必ずしも、文庫市場の低迷の原因ではない」と言わざるを得なかったのだ。
むしろ因果を逆にして、図書館での文庫貸出率が上昇したのは、時代を下るとともに目立ってきた出版社の文庫依存の高まりが、原因の一つだと言えるのではないか?
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